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第340話

(え?) 思考が停止した。 バイバイ、なんて言い方、景は今までしたこと無かったはずだ。 どういう意味? たまたま、だよね? ――もしかして、もう会わないよって意味なの? 景は大通りに出て、しばらくして向こうから走ってきたタクシーを止めてそれに乗り込み、そのままゆっくりと発車した。 一瞬だけフロントガラスから見えた景は俯いていて、こちらを見向きもしていなかった。 景を乗せたタクシーが遠ざかって行くのを虚しく見つめていたけど、角を曲がっていって完全に見えなくなってしまった。 俺は仕方なく踵を返し、来た道を戻った。 胸がズキズキと痛かった。 どうすれば良かった? 泣いてる莉奈なんか気にしないで、無視してれば良かったのか? なんで、なんで今日だったんだ。 莉奈が俺のアパートに来て告白したのも、俺が景のマンションに行ったのも、景が忘れ物を届けに来てくれたのも。 もし俺が、もう少し遅く帰っていれば?景の家に忘れ物をしていなければ? ぐるぐる考えが頭の中を駆けずり回るだけで、結局たらればの話で、どうしたら正解だったのかなんて検討も付かなかった。 アパートに着いて部屋に入ると、莉奈は変わらずソファーに座っていた。 「あ、おかえりなさい」 莉奈の挨拶に俺は反応せずに、莉奈の前に膝を折って座り込む。 息が苦しくて、喉が詰まった。 少し走っただけなのに、汗が吹き出て。 こんなに胸が苦しいのは、走ったせいじゃない。 どうしよう。景に嫌われたのかもしれない。 そう思っただけで泣きそうになってしまう。 視線を落として考えを巡らせていると、様子が変だと気付いたのか、莉奈は申し訳無さそうに話しかけてきた。 「あの、藤澤 景さん、帰っちゃったんですか?」 「あぁ、うん、帰った」 「そうなんですか。お邪魔しちゃってなんだかすみません。ビックリしました。北村さんが、藤澤 景さんとお友達だったなんて」 ハッとした。 お友達。 藤澤 景さんとお友達。 [実は僕達、友達なんだ] もしかして、本当に友達に戻っちゃったって事なの? 胸と頭の中がぐちゃぐちゃで、黒く渦巻いていく気がした。 俺はたまらなくなって膝の上に腕を置いて顔を伏せた。

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