449 / 454

第449話

一階に降りると、既に朝食がテーブルに並べられていた。 父は新聞を広げていて、俺たちをチラッと見てから、また元の場所に視線を戻す。 「おはようございます」 「……おはよう」 景の挨拶に、とりあえず返事したというような声だ。 本当にこの二人、バーなんかに行ったの? ハテナばっかりが頭に浮かびつつも、朝ごはんを食べて居間のソファーでくつろいだ。 しばらくしてから、仕事だという父がスーツに着替えて景のところにやってきた。 「帰りも、気を付けて」 「はい、ありがとうございました」 俺には何も言わず、父は玄関に向かって行く。 靴を履いた父は俺たちを振り返り、ニコリとした。 「仲良く暮らしなさい」 柔らかく微笑まれて、ちょっとくすぐったい気持ちになった。 俺は無言で頷いて直ぐに視線を逸らす。 景は「ありがとうございます」と口の端を上げて、父に手を振っていた。 何だかんだで、あまりゆっくりは出来ない。 新幹線に乗らなくてはならないから、お昼にはここを出ないと行けない。 俺は風呂に入って、部屋で景と一緒に支度をし、また駅まで送ってくれるという母にお礼を言った。 「その前に」と景は俺に目配せをする。 「ニャム太に会いたいなぁ」 「あぁ、そうやったね、忘れとった」 きっと二階のあの部屋だ。 その部屋に行き、カーテンの布を捲ってそっと覗くと、やっぱりニャム太はそこにじっと佇んでいた。 「ニャム太。俺たちそろそろ行かんとアカンねん。最後に景とバイバイしてな?」 景がニャム太の方へ手を伸ばすと、ビクッと背筋を反応させてじっと景を睨むニャム太だったけど、柔らかく笑む景に心を許したのか、少しずつ体を出して、景の指先をスンスンと嗅ぎ始めた。 「可愛い。猫って気まぐれなんだよね。人間とはつかず離れずの関係がいいって、何かで読んだ事がある」 「そうそうー。遊んで欲しそうだから構ってあげると面倒そうな顔するくせに、放っておき過ぎるとニャーニャー鳴いて怒り出すし」 「修介と一緒だね」 ムッ、と唇を尖らせる。 景が猫じゃらしを左右に振ると、ニャム太は嬉しそうにその先っぽのふわふわを追いかけていた。 そんな時、俺のスマホにメッセージが入る。 アプリを開いて送られてきた文字を見て、目を見開き、そのまま画面を景に見せた。 「どうする?会ってみたい?」 「うん。彼のお願い事、まだ叶えられてないからね」 お願い事?と疑問に思ったけど、景は俺の顔に唇を寄せて、深く深くキスをした。 これからも、宜しくね。 そんな景の声が聞こえてくるような気がして、嬉しくなりながら何度も角度を変えて味わった。 体を離してふと視線を移すと、ニャム太は俺たちに全く興味が無いのか、ウロウロとしてからまた窓際にぴょんと乗って、カーテンの後ろに隠れてしまっていた。 「モコにはあんなに見られてたのにね」 「ニャム太、俺たちの事呆れたんかもな」 そうかも、と二人で笑って、もう一度キスをしてから部屋を出た。

ともだちにシェアしよう!