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くぐる、わらう、おいかける 01

「オニーサン眉間に皺寄ってるヨー」  ビールを片手に着火剤と炭と格闘していた俺に軽いテンションの声を掛けたのは、うちわ片手の巻だった。  傍らで炭を割っている後輩や先輩やもう一台のバーベキュー台に火をぶち込んでいる同期にはバレていないらしかったが、やはり巻は無駄に目ざとい。  お前のそのマメな気遣い、できればコイバナじゃなくて仕事に発揮しろよと思わなくもない。 「つか桑名が悪いんじゃーん。そらあんなイケメン突っ込んだらお嬢様方はきゃっきゃうふふですよ。新人ちゃんとかは歳も近いしガチロックオンじゃないのー?」 「だって置いてくるわけにもいかないだろ……過保護かなって思わなくもないけどさ、ぶっちゃけ命かかってるようなもんだし『多分大丈夫』みたいな曖昧な確信で放っておいてガチでヤバいことになったら俺鬱になるわって思うし」 「まー木ノ下ちゃんの御事情察するにそりゃそうだわって思うけど、桑名っちがそこまでアレしてる原因が完全にラブって言うアレなんでコメントしがてぇ」 「うるっさいな。茶化してないで暇なら木ノ下くん助けて来い」  件の同居人である木ノ下くんは、バーベキュー台を用意する男組とは少し離れた水場の方で、女性に囲まれていた。  夏。目を細めるような暑さが引かない中、キャンプ場に集まったのは仕事仲間とその連れの団体だ。かなり緩い集まりだった為か、知らない顔もちらほらと見える。同じ会社の別部署の人間だったり、また家族や友人だったりするらしい。  一応夏の仕事の打ち上げという名目だったけれど、もうここまでくるとただの野外飲み会だ。細かい事は気にせずに飲んで食って騒ごう、という趣旨だったので、まあ、木ノ下くんを連れて来やすかったのはいいんだけれど。  そういえば忘れていたが、木ノ下くんは随分と奇麗な顔をしていた。  襲い来るホラー現象にぐったりしている時は顔面蒼白で可哀想だし、俺に迫られてあわあわしてる時は百面相してて可愛い。ついうっかり『かわいい年下男子』だと思っていたけれど、そうだ、普通に澄ました顔で立っていればかなりの美男子だったことを思い出した、というか思い知った。  身体のバランスは奇麗だし、脱色した髪の毛はさらさらだ。  アイドルグループに混じって踊っていても不思議じゃない。ついつい、かわいい生き物だと思い込んでいたけれど、女性に囲まれ苦笑いで野菜を切る様は確かにかわいいというよりは格好良い。  ちらちらと伺っている限りでは、少なくとも新入社員の渡辺さんと、事務の南條さんが木ノ下くんにお熱らしい。近い。近いし笑顔がきらきらしている。きらきらしている女性は素敵だけれど、相手が木ノ下くんとなれば俺の心中は穏やかではなかった。 「……あれなのねー桑名サーンったらわりとマジ恋なのね?」  ぱたぱた、団扇を仰ぐだけの出来そこないの扇風機係となっている巻は、大変他人事風に呆れた声を出す。  やっと炭に火が移ったところで、滴る汗を拭きながら小声で応じた。 「自分でも結構引いてるところだよ。なんかこう、余裕ってわけじゃないけど、もっと穏やかに見守りつつ待ってる気分だったんだけどそう言えば基本的に木ノ下くんと一緒の時って二人きりだし、他人介入すると自分の嫉妬深さに引くなぁ……ちょ、今木ノ下くんのほっぺ触ったの、アレ誰だ?」 「隣のチームの八代サーンの妹さんじゃね? なーんかわりと知らない人いっぱいて俺的にはうきうきわくわくよ?」 「そのうきうきわくわくを女性陣のところで発揮して来いってば。代わりに木ノ下くん攫ってきてくれたらビールおごる」 「うはは、必死乙な桑名ちゃんいいな! 嫌いじゃないぜそういうの!」  ビール忘れんな、と言い捨てて、団扇係は颯爽と女子の輪に向かって行った。  あいつのあの、空気を読まないのにうまく立ち回るところは素直に凄いと思う。独身男性陣の『これを機に女性と仲良くなりたいけれど向こうのグループにいつ声をかけたらいいのか』という逡巡などモノともせず、軽薄な笑顔で場に溶け込む。すごい。すごいしうまいこと木ノ下くんを助け出しているっぽい。いいぞ。いいぞ巻その調子だ。  なんて、もう温くなったビール片手に一休みしていると、女性の輪からこっそりと抜け出すことに成功したらしい木ノ下くんが団扇片手に駆け寄って来た。  木ノ下くんは夏の暑さに弱いらしく、うっすらを汗をかくその顔は赤くて息苦しそうだ。  何も考えずにかわいいなーと口から出てしまいそうで思わず飲みこむ。危ない。ここ野外だったし仕事仲間が周りに居るんだった。  木ノ下くんとの関係性を訊かれたら、たまたま近所に住んでる親戚の子、とかなんとか適当に答えるつもりでいるけれど、いつも通りかわいいねと笑って頭を撫でたらダメなことくらいは承知している。……あーでもかわいいな。暑くて焦点が合って無いのがすごくかわいい抱きしめたい。  という気持ちはおくびにも出さず、にっこり笑ってお疲れ様と声をかけた。 「大人気だったね、木ノ下くん。男性諸君が羨ましそうにキミを眺めていたけど、……やっぱ家に居た方が良かった?」 「え。いや、おれはできれば桑名さんと一緒の方が色々安心なんで、誘ってもらって凄くありがたいですけど……むしろおれなんかが一緒に来ちゃって大丈夫でしたか……?」 「へーきへーき。なんか、もう誰が誰だかわからないし。知らない人いっぱい居るから、もうなんかただの宴会だよ。……木ノ下くん、こっち日陰だからおいで」  もう夕方といっていい時間なのに、まだ日差しは強く肌に落ちる。木陰はそれなりに涼しいからと手招きすると、ふらふらと携帯ベンチに腰を下ろした。 「……こんな真夏の昼間に、大学行く以外で外出したの久しぶりかもしれない……」  冷えたチューハイ缶を額にあててあげると、気持ちよさそうに冷たいと笑う。  性懲りもなくかわいいと思ってしまうからもうダメだ。暑さで俺もおかしくなっているのかもしれない。もしくは予想外に強すぎた嫉妬のせいか。 「木ノ下くん、休日もわりと家の中に居るよな。あれって外でのホラー現象が怖いのかと思ってたけど、元々外出しないタイプ?」 「あー……そう、かも。そういえばおれあんまり友達居ないし。家の中でだらっとしたりネットしたり本読んだりしてると一日が過ぎちゃうかも……」 「デートとかも、家の方がいい? 映画のチケットもらったから、今度休み被ったらちょっと外ふらふらしたいかなって思ってたんだけど」 「………………行く。ていうかもー……外で口説くのやめてくださいどんな顔したらいいかわっかんないし巻さんめっちゃこっち見てにやにやしてる……」 「ほっとけ巻なんて大体いつもにやにやしてるから。公衆の面前でデートに誘ったのは反省してる、けど、あー……いや、なんかこう、女性に囲まれてる木ノ下くん眺めてたらよろしくない嫉妬が結構メラメラしてきてね? 軽率に、俺のものになってくれるように頑張ろうと思ったので」 「………………………こうしゅうのめんぜんです……」 「あ。うん、ごめんまた口説いてたな。えーと、でも向こうに行っちゃうとまたちやほやされちゃうだろうし。それは非常に俺が嫌なので。……ちょっと、散策とかする?」  まだ暑いけど昼程じゃない筈だ。陽も落ち始め、キャンプ場の街頭も点灯し始めていた。  炭に火がまわるまで時間がかかる。ちょっと浮かれた気分とよろしくない嫉妬を落ち着かせる為に物陰でいちゃいちゃしたいという下心は多分ばれていて、照れた様子で視線を外しつつも頷く木ノ下くんは、なんていうか、こんな事言ったら本当に怒られそうなんだけど大変えろかった。  そこらへんのロッジに引きずり込んでぎゅっと抱きしめて首筋を舐めまわしたい衝動は、よろしくないのでぐっと抑える。流石にそこまで即物的じゃない。と言い聞かせているのがもうダメなんだろうなとは思うけど。  東雲さんが予約してくれたキャンプ場は山の麓にあり、やたらと広くて静かだ。  泊まる予定はないので、書くグループでじゃんけんで決めた運転手だけは禁酒ということになっている。今回見事に負けた巻は、ジンジャーエール片手にお嬢さんたちと騒いでいたが、俺が立ったのを目ざとく見つけて声をかけてきた。 「何、桑名便所? ツレション? 便所ついでに俺と一緒にお使い行かねーっすか?」 「便所じゃないしツレションでもないけど、お使いって、何か買い忘れか?」 「ノンノン。多少の野菜や肉や飲みモノなどどうでもいいのだよ、問題は焼きそば用の鉄板をうっかり管理室に置き忘れてきた事実である。そしてそれに気がついてしまった巻さんは女性陣に颯爽と『俺がとってくるよ☆』と言ってしまったのである。ということでみんなで行こう☆」 「……別に良いけど、おまえ酔ってないよな?」 「何よ失礼ねシラフですよ誰の車で帰ると思ってんの健介くーん」 「毎日楽しそうでいいな……」 「おっ、おっ? 暴言か? ここまでいちゃこらしてるホモォを乗せてきてあげて尚且つ帰りも足になってあげる優しい巻さんに暴言か?」 「お前のそういう割と献身的なところ好きだよ。管理人室って駐車場の横じゃなかったか? 結構遠いけど、まあ、三人いれば鉄板くらい運べるか」  じゃあ行こうか、とナチュラルに手を引きそうになって、はっとする。 ついでに立ちあがった木ノ下くんもナチュラルに手を出そうとしていたらしく、同じタイミングで固まってしまって、また巻の失笑を買った。 「俺は別にいいけどさ~、そのナチュラルラブラブーなホモォ成分もうちょい控え目にお願いね?」  わかってるよ俺だってこんなに隣に木ノ下くんが居ることが当たり前になってるなんて気がつかなったんだよ、と言うとまた木ノ下くんが湯だりそうだったから、善処しますと殊勝に頭を下げた。

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