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さよならまたね

 引っ越しの日は秋晴れだった。  すっかり桑名さんの部屋に住み着いていたおれの部屋の荷物は、もうほとんど捨ててもいいようなものばかりで、高価な電化製品以外は業者に引き取ってもらう事にした。 「結局俺は半年も住まなかったなぁー……」  桑名さんが引っ越して来たのはたぶん春先で、おれもそのくらいに引っ越したような記憶がある。冬を迎える事なく、おれ達はアパートを去る決意をした。 「なんかすいません……おれのせいで」 「え。いやー、木ノ下くんのせいじゃないでしょう。木ノ下くんが居ようが居まいが、二○二号室は心霊部屋だっただろうし。どうせ、自分で選んだ物件でもなかったし、次の部屋は職場も近いし駅も近いし、やっぱり予算に余裕があるのはいいよねってキミに感謝してるくらいだから」  予算に余裕がある、なんて言いながらも桑名さんは敷金礼金もほとんど一人で負担し、おれが手伝えるのは光熱費くらいのものだった。いっそアルバイトでも始めようかと思うのだけれど、普通の生活もできていない分際で、世間に繰り出すのは流石に怖い。  ルームシェアという概念が若干染みついてきている世の中でよかったと思う。両親には引っ越しの理由を隣人とのトラブルが原因として話し、しばらく友人とシェアするからと説明した。  引っ越しは家電のみ業者に頼んだ。荷物を運び出す際に立ち会ってくれたのは巻さんで、大きな冷蔵庫や洗濯機に手を付ける度に壁に貼られたお札を見てドン引く業者のおにーさんたちに声をかけまくって誤魔化してくれていたらしい。  数か月ぶりに見たおれの部屋は、びっくりする程綺麗だった。  巻さんが、個人的な縁のある霊能者さんに頼んで、少しずつ掃除と除霊をしてくれたと聞き、おれは本当に五体投地も辞さない気持ちで頭を下げた。 「ほんと……ほんと巻さんにはお世話になりっぱなしで……」 「エーいいのよいいのよー桑名パイセンには普段お世話になってるんですものぉーここんとこ昼飯めっちゃ奢ってもらってるしね? まあただ飯の為にお節介してるわけでもないんだけどーさー。知り合ったのも縁じゃん? 俺だって木ノ下君スキナノヨ普通の意味でな?」 「ありがとうございますほんと……あの、掃除してくれた、霊能者の人にもお礼言いたいんですけど……」 「あー。んー。いやどうかなーちょっと最近具合悪いみたいでさー。ていうか、たぶん、木ノ下ちゃんと対面しちゃうと喋るどころじゃないだろうし、まーお礼のお気持ちだけ伝えとくわ」  よくわからないが、確かにおれは最近一部の人から避けられているし、霊感がある人的にはすごくやばい感じの人間扱いされてもおかしくはないと思う。丁寧にありがとうございますの気持ちを伝えて、これから霊能者さんにご飯を奢るという巻さんと別れた。 「俺達も行こうか。まー、まだしばらくは掃除とかあるし、また来なきゃいけないんだけど……」 「あ、はい。夕飯どうしますか?」 「うーん。うーん……食べて帰ってもいいけど面倒くさいし今日は疲れたから一刻も早く木ノ下くんとだらだらしたいし布団の上で大の字になりたい。なんか買って帰ろう。そんで新居でだらだらしよう。……やっぱりでっかいベッド買わない?」 「え。いや……だって……そんな、あからさまな……」 「中に人招かなきゃ一緒に寝てるなんてバレないと思うけど。まあでも、狭い布団も悪くはないよねこれから寒い季節だしね」  何も出ないといいね、とは言わない。お互いに、そんな言葉は無意味なんじゃないかな、と実は若干気が付いていたから。 「……たぶん、冬になっても。ご迷惑をおかけすると思うんですけど」 「うん? うん」 「これから、ええと……よろしくおねがいします」 「なんだそれかわいいな。こちらこそ、俺にほだされてくれてありがとう。嫌われないようにがんばんなきゃねー」  うははと笑う桑名さんの声は甘く、夕暮れのアパートの禍々しさを若干軽減してくれる。  振り返った、アパートの俺の部屋だった扉の前で、なんだかぼんやりした影のようなものが手を振っているような気がしたが、気のせいだと思い込むことにした。  さよなら、と聞こえた気がしたけど。またね、と聞こえた気がしたけど。おれはまた心霊現象に会うのは嫌だから、桑名さんの手を掴んで憑いてくんなよ馬鹿野郎って暴言を、胸の内だけで背中の方に吐き出した。  さよならまたねなんてふざけんな。  もう一生会いたくないと思うから。 「……桑名さん、おれカレー食べたい」 「あー。いいね。カレーって名前聞いた瞬間から急にカレーじゃないと無理、みたいな気分になるよね。匂いが強いせいかなーカレーお持ち帰りの店ってどっかあったっけ。まあ、探索しながら行こうか新居。俺もまだ周りよく見てないんだよな」  壁越しから始まった怪奇現象はたぶんまだ終わらないけれど、この人とのアレそれもまだ終わりそうもないから、おれはもうちょっと頑張っていろんなものと向き合えそうな気がした。 終

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