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閑話 月夜の花に愛されし瞳
王である魔王が出席するほどの夜会は、盛大な物は年に一、二回あるかないかと言った程度である。
小規模な会合もどきは別としても、情報収集と有権者達の交流という一般的な夜会の目的を思えば、あまりにも少ない。
だが、魔族という生き物は種の能力差が激しい為、個人の差が少ないのだ。
それ故に強者に取り入ろうというような人間じみたことは、あまりしない。
強さの一端として権力を求めることはままあるが、能力で劣るため強行されることは珍しいと言える。
夜会を行う意味はシンプルに誰かの祝いや、ホームパーティ、なにかしらの発表。
後は個人単位の式典的な意味合いが大きいのだ。
数多いる魔族の中で夜会を開くほどの権力者となれば、魔界の貴族──強力な力を持つ種の魔族である。
この日は、魔界軍海軍長ワドラルゲス・ケトマゴの息子、アワヤリゼ・ケトマゴの海軍長補佐官就任祝いだった。
魔王であるアゼルは、夜会の開式時に早々に彼に祝辞を述べるだけが仕事。
後は頃合いまで壁の花として佇み、窓の外の月夜を眺めていた。
──この頃のアゼルは既に、慕われる王とはなにかと迷い、もがき苦しんでいた心を人間の勇者・先代シャルに救われ前を向いていた。
感情を無理に押し込めることをやめ、嫌われてしまえば居場所がない強迫観念も、誰でもいいから誰か、と求めるのも、ようやくどうにか落ち着いたのだ。
自分に価値を持ち、相手にも向き合う。
アゼルはあるがままの自分で魔王を熟していた。
なにを考えているかわからない。
かと言って無礼を咎めることもなく、誰に頼ることもなく、話すことも殆どない。
それが以前の無口で無表情な倦怠。
嘆きの魔王。
温厚な魔王だと言われているが、不気味で近寄りがたい為に、夜会で声をかけられることはない。
だが、自分の意見を口にし、人が変わったように思う様振る舞うようになった今も、彼に声をかけるものはいなかった。
けれど、大丈夫。
何十年そう扱われ、これが寂寞 だと知った時には、慣れていた。
慣れてしまえばどうということはない。
──慣れた日々の先に、渇求の再会があると思えば、よりいっそう大丈夫。
アゼルはまん丸とした月を眺め、この瞬間も同じ夜を生きている筈の恩人を思い、待ち焦がれる。
まさにこの世の月夜は彼の為に訪れるかのような、夜色の髪と瞳。
月光のように透き通る肌で形成された容姿は、闇を愛する魔族において、殊更美しく映る。
そして夜の男から発せられる高純度の魔力の香りは、強さこそ魅力である魔族の女性たちを、蠱惑に魅了してやまない。
女性だけでなく、魔力に耐性の薄い歳若い魔族は、不意に視線を奪われたままだ。
だがそれらの視線で串刺しにしながら誰も近寄っては来ないことにも、アゼルは慣れていた。
自分はあまり好かれていないと思い込んでいる理由は、このような状況も一因である。
彼の知る理由は、だが。
──月夜は好きだ。
故郷でもいつも、一人背の高い木の上に寝そべって月を眺めながら、心地のいい気持ちを遠吠えに変えていた。
目を瞑って、昔を思う。
アゼルは気がついていないが、あるがままの魔王となったところで、彼がその豊かな野生の感情を揺さぶられることはあまりない。
理解できないものに興味を持たないアゼルは、周囲からすると変わらず、近寄りがたいのだ。
魔王城を拠点にする上位魔族でなければ関わりがあまりないので、嬉しそうに恩人を語る姿は、ごく一部のものしか知らない。
他者と自己の認識の相違は、アゼルと周囲の距離を開かせる。
以前なら、腫れ物のように距離を取られ一人賑やかな夜会を眺めるのは、拷問に等しかった。
誰でもいいから自分のそばにも来てほしい。
そう願っても、叶うことはない夢。
だが今のアゼルは、毛ほども気にならない。
アゼルは知っていても逸らさずに、恐怖を齎すかもしれない自分の目を見つめて話をしてくれる。
そういう者にしか心を砕かないと、決めたのだ。取捨選択を、得たから。
そうやって限定すると、自分を見つめる目はいくつか既にあった。
取り繕って殻をかぶるあまり、気がついていなかっただけだろう。
相手も自分も、お互いを勘違いしていた。
今回の主催であるケトマゴの家族も、その目の持ち主達だ。
だからこうして窓から月を眺めるのは、今はもう現実逃避ではない。
いつか自分を殺しに来る、運命を思っているのだ。
闇の底から救い上げてくれた恩人。
誰もが知る当たり前のことを知らない愚か者に、寄り添ってくれた。
──彼のそのフードで隠されていた瞳は、自分をまっすぐ見つめてくれるだろうか。
まだ見ぬ彼の瞳に思いを馳せ、魔王の夜会は今日も一人で過ぎていく。
──数年後。
魔王だけを見つめるそれは、どこまでも真っ直ぐで美しい、青みがかった黒曜石の澄んだ瞳。
深い愛情をたたえた、唯一無二の彼だけの優しい瞳である。
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