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第334話

 しばらく頑張ってみたがどうにも正体が判明しなかったので、何者かは置いておくことにした。  全ページ確認してみても、完全一致するものがない。  育てる上でそれでは困るので、暫定一番見た目が近かったペリュトンという魔物の卵だと仮定する。  ペリュトンとは鳥の翼が生えた鹿で、なぜか影が人型なのだ。  なので本来の影を取り戻すために、一頭につき一人、人を殺すと言われている割と凶暴な魔物である。  見た目は鹿部分が多いが卵性だ。  この卵はペリュトンのそれにしては大きいのと、色もここまで白くない。  取り敢えず類似点が多めというだけで、俺は亜種ではないかと当たりをつけている。  実は二日前、あの川の水源が続く森の方向で大雨があって、土砂崩れが起きた。  森が少し削れたそうだ。  大雨の勢いに乗ってこの近くまで流され、浅瀬になっても転がってきたのだろう。  俺は卵の出処に予測を立ててから、魔物図鑑を閉じて本棚にしまう。  ふむ……桃太郎と同じストーリーでいくならば、この卵を割らなければならない。  それは流石に良心が痛むな。 「ん……、……」  コツン。  しばらく考えてから、そっと卵の頭のところに手刀をおとした。  これで切ったことにしよう。  滑らかな殻の感触が肌に触れて心地いい。  手の温度を感じたのか、卵が僅かに揺れた気がした。 「……ふふふ、かわいいな。卵太郎」  相手は生まれてもない魔物の卵なのに、些細な触れ合いに自然と表情がほころぶ。  なんだか、父親になった気分だ。  卵太郎は知らない魔物の卵で、俺は子供を産めない男だが、ほんのりと父性というものが胸に宿った。そんな感覚。  鳥と同じとするなら、就寝以外の時間、四時間おきに卵太郎を転がしてあげなければならない。  卵太郎を安置している場所はベッド脇の陽の光が当たらないところだ。  そこで全体的にブランケットで包んでなるべく暗所にしている。  つまりおはようもおやすみも、家族のように身近で告げられるのだ、嬉しい。  引き取ったからには立派に孵して見せるぞ。  命の無責任な引き受けはよくない。 「明日のおやつはきびだんごにしてみようか。もち黍はないから、ここは求肥の美味しいほうを作ろう。もち粉はあったかな……卵太郎は甘いものは好きか? 好きだと嬉しいな。俺は料理はあまりしないが、お菓子ならたくさん作れる」  図々しくもすっかりその気になってしまった俺は、返事なんて返ってくるはずもない卵太郎に話しかけて、機嫌よくベッドに腰掛ける。  ブランケットの中から少しだけ頭の尖りを出した卵太郎を優しくなでると、またも僅かに動く卵。  ダメだ。親心じみたものがむくむくと首をもたげ始めて、仕方がない。 「魔物はどのくらいで孵化するのだろうか。鳥なら二週間程度だが、三ヶ月ぐらいかかりそうだ。今からドキドキしてきた」  そうやってその日は浮かれ調子で過ごしていたら、アゼルおじいさんが山へ芝刈り──じゃなくて、仕事から帰ってきた。  俺以外に胸キュンするなと唸り出して、しばし浮気を疑ったのが修羅場だったな。  俺から話を聞いてからは、浮気疑惑を晴らして納得してくれた。  けれどこそこそと卵太郎に語りかけながらメンチを切っていたのは、なんなんだろうか。  首をかしげたが、今日はとても素敵な拾い物をした暖かな日だった。  ……ん? 名前か?  卵太郎確定だ。女の子だったらまた考えよう。

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