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第342話

 ◇  ──翌日。  臨時教師の仕事を熟すことになった俺は、頭と前足が鷲で体と後ろ足が獅子の魔物──グリフォールが引く馬車に乗って空を駆けていた。  魔王城背面のアクシオ谷を縄張りにするあのグリフォールだ。  一時はガドのランチになりかけていたような。  馬が引く馬車よりずっと早く走るグリフォールは、魔法で空中に浮かぶ馬車をグングンと引っ張り、すごい速さで学園都市ディードルを目指す。  グリフォールは本来馬と人間を嫌っていて、それらを見つけると襲う獰猛な魔物。  しかしこの子は空軍所属のグリフォール魔族の眷属なので、暴れることもなく従順である。魔王城の厩で飼っている個体は、たいていがそういうものだ。  それに現在の俺は、見た目だけならグリフォール魔族だからな。  グリフォール魔族に半日程度擬態できる、鳥獣化薬を使用しているのだ。  肌に細かい羽毛が現れ、背には黄金をまぶした薄い茶色の翼が生えている。  手は獅子のそれになっているし、足首から先には鳥の鉤爪があった。  そのため今日は人間用の衣服ではなく、ライゼンさんのようなゆったりしたものを着ている。  仲間と認識されているので、暴れられることもなく、馬車で到着を待つばかりでいられるのだ。  とはいえ──これから一週間。  日中の卵太郎の世話をアゼルに任せ、魔族だらけの学園で教師として働くからには、気合を入れなければ。 「ん……ふふふ」  城で待っているアゼルを思い出し、つい笑みがこぼれる。  アゼルは卵太郎をひっくり返すのを、忘れたりしないだろうか……。  なんやかんやとしばらく共に暮らして、アゼルも卵太郎を気に入ってきていると思うが。  時折俺が卵太郎をつつく真似をして、こっそりつついてみているのを知っているぞ。  そして自分で触っておいてコトコトと揺れたら、驚いて慌てふためいているのだ。  洗面所の影から現場を見た和みエピソード。  相手は卵なのに、凄い速さで逃げていた。 「魔法学園が楽しみですか?」  アゼルの卵太郎とのコミュニケーションを思い出して頬を緩めていると、馬車の中で向かい側に座っている男が、明るいトーンで声をかけてきた。  そばかすの散ったあどけない顔に人懐こい笑みを浮かべる男。  今の俺と同じような翼を持ち、日に透けて金色にも見える淡い茶髪にアーモンド型の瞳をした彼は──俺の従兄弟ということになっているグリフォール魔族の青年だ。  ──魔界軍空軍長補佐官〝金牢王獣(こんろうおうじゅう)〟。  キャレイナル・アッサディレイア。  通称キャット。彼は由緒正しいアッサディレイア本家の次男で、ガドの副官である。 「貴族出身であれば魔法学園に行くんです。もちろん、俺も行ったことがありますので! 楽しかったなぁ、へへへ」  そう言って爽やかに笑う彼は一見奥様ウケしそうな好青年だ。  しかしその実、天界襲撃時にも容赦なく天使を屠っていた強者。  そして友好的に俺を慕ってくれる彼は、典型的な魔族思考な、上官に絶対服従のひたすらな光属性だったりした。  最高権力者の伴侶である俺をアゼル達と同じように思ってくれている。  高位魔族で貴族でもあるのに、人間だからと俺を齧ったりしないのだ。  俺としては弱肉強食な魔族において下位の俺をそう扱ってもらうのは、虎の威を借る狐のようで落ち着かない。  彼はなんとも思っていないみたいだが。  閑話休題。 「ふふふ。いいや、思い出し笑いなんだ。魔法学園は楽しみより、緊張しているな」  楽しみか、と声をかけてきたはずが俺よりも期待をにじませそわそわしているキャットが微笑ましくて、俺のほうが兄にでもなったような気分で笑みを向ける。 「大丈夫ですよ! 魔王様にもくれぐれも安全にと直々に仰せつかっておりますので、若輩ながらお妃様は俺が絶対に守ってみせます!」  わざと緊張していることを告げると、意気軒昂なキャットは握りこぶしを作って瞳を輝かせ、俺を守ると息巻いた。  そうそう危険なことにはならないと思うが、これは頼もしいな。  微笑ましくて、笑みが深まる。

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