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第530話
俺もリューオも夢に見たのはもちろんのこと、こうしてひたすら恋しい気持ちを口から垂れ流す毎日である。
リューオは就寝時離れに放置してあった小さくてかわいいぬいぐるみを無言で抱きしめて正気を保っているし、俺だってアゼルから貰った手紙を、ついに先日嗅いでしまった。
すぐに我に返ったが、完全に無意識だったからな。
結婚指輪に話しかけるようになるまで、後一歩だろう。
「シャルゥ……お前昨日、洗面所で『なあアゼル、この指輪を擦ったらお前が現れるなんて機能はないのだろうか』とか言ってただろ……」
「手遅れだったか……そういうリューオも、昨日寝言で『ユリスかわいいユリス愛してるユリスエロいマジで大好き一生離せねぇ幸せにするぜガチ恋上等むにゃむにゃ』と、息継ぎなしの一呼吸で言っていたぞ……」
「直で言えない欲求不満がついに寝言にィ……ッ!」
愛情不足重度症状。
元・勇者さんも現・勇者さんも、なにかともうダメである。
俺がテーブルの上にモソモソと指を這わせ、リューオの髪をモソモソとなでると、リューオも俺の頭をそうした。苦肉の策だ。
なんてったって一ヶ月アゼル断ち。
俺はアゼルを信じているのでひたすら帰りを待つくらいわけないが、それとこれとは別問題じゃないか。
「髪が硬い……ツンツクしている……アゼル……」
「犬耳がねェ……手を嫌そうに叩き落とされねェ……ユリスゥ……」
「……旦那方ってなんなんですかぃ。精霊族からの嫌がらせにはちっともダメージ受けちゃいねぇってのに、そんなことで日に日に萎んでいくたぁねぇ〜……」
「「そんなことじゃない(ねぇッ)……!」」
だから最重要事項だと言っているだろう。
俺たちは至って真剣に嘆いているのである。
──ああ……アゼル。問題に巻き込まれていないんならいいんだ。
手紙が出せるにも関わらず、お前が俺になんの情報も渡さないし仕込まないということは、俺は俺のままでいればいいんだろうな。
残してきたタローのことも心配だが、魔王城のみんなのことを信頼しているから大丈夫だ。
それならアゼルを置いて帰るわけもなく、ただアイツの帰りを待っていればいい。
だから俺は隠密を駆使して精霊城に忍び込まないし、見張られているのがわかっていても魔界に連絡を取ろうだなんてアゼル奪還作戦は、しないぞ。
ちゃんと時がくるまで大人しくしているが、それでもやっぱり、どうしようもないことなんだ。
全然大丈夫で、なんの問題もない。
大丈夫で大丈夫な俺なんだけれど、ひとつだけ願い事がある。
「アゼル、アゼル、アゼル……、俺の名前を呼んでくれ……一回だけ、いやもう一文字だけでいいっ。そしてできればこう、俺に全力で抱きしめさせてくれれば……」
「いだだだだっ! シャルの旦那ぁ! 抱きしめてるの俺だよぅ!」
「シャル、次それ俺に貸せよ」
「わかった。うぅ、後もう少しだけ……!」
「勝手に俺の貸し借りしねぇでおくんな!?」
テーブルに倒れ込んでお互いをなでていた俺たちを呆れた目で眺めていたイズナをアゼルに見立てて抱きしめて、英気を養う。
アゼル(仮)からはキューキューと悲鳴があがったが、彼は後にユリス(仮)になる運命なのだ。
本日のディナーは好きなだけお肉を食べさせてあげるので、許してほしい。
限界である。ふれあい不足で干からびてしまう。
「むきゅぅ~!」
──そうして俺とリューオは日が暮れるまでイズナを構い倒し、その日はしっかりと夢にお互いの恋しい人を登場させるに至った。
重症患者が末期患者になる前に帰ってきてくれればいいんだが、アゼルはいったいなにをしているのだろうか。
それを知るのは、思っていたよりもすぐだった。
「んむ……あぜる……たべてはいけない……それは俺の、パ……すぴー」
「うぅん……ゆりす、見ない間にそりゃ、猫耳じゃ……最高……むにゃむにゃ」
「……人間って、やっぱりよくわかんねぇやい……!」
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