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第578話(noside)

 事の発端は精霊族が千年に一度行う儀式──〝神霊封じ〟。  精霊城の中央には、ぽっかりと空いた広い空間がある。  そこに建つ光焔万丈とした神殿の奥には、〝神扉〟という宙に浮かんだ扉があるのだ。  その扉のむこうには、かつて精霊族が封じた神々の末端に属する神霊が封じられている。  末端とはいえ神だ。無碍にもできず、侮るなんてもってのほか。  だからこそ用心深く、扉には厳重な鎖がかけられ、二重になっていた。  扉の奥では神が精霊族に報復しようと機を見ていたが、精霊族の叡智を結した封印は、並大抵のことで内側から壊せるわけがない。  人々は畏怖した。  故に神として祭り上げ、溢れ出る霊力の恩恵を受けるべく、崇め鎮めた。  盲目的な信仰と敬意を持って、漠然と思考停止し、暮らすことにしたのだ。  だからこそ、普段は危険ではなかった。  神とて、とても打ち破れない封印を満身創痍で引き裂き、自分を崇める存在を破滅に追い込むのはめんどうだ。  それよりも信仰を得て力をつけ、おとなしくしているほうがずっと良かったのだろう。  ──だがしかし。  二重扉の奥の封印が、強力すぎるが故に持続できず、千年周期で緩むことに気がついた。  その時ばかりは、封じられた神が優位に立てたのだ。  完全に外へ出られずとも、あたりを蹴散らす程度は容易なくらい、拘束が緩む。  怯え恐る精霊族は、封印を施錠しなおすために、鍵を作った。  そしてその鍵をかける役目として、鍵をかける時に神霊の餌食になるだろう、哀れな一つの卵を作った。  どの種族の能力も──神霊の持つ呪いの能力をも受け付けない、特別な卵を。  鍵を携えて、内部に侵入できる存在を。  精霊族の世界を守るための、千年に一度の供物を。  その名を、〝ジズ〟という。  十年前までの自分を、ガルは典型的な精霊族の姿だと思っている。  四大精霊であるガルは次期精霊王の第一候補だった。  そうなるものだと思っていたし、そうなろうとも考えていた。  だが、精霊族はしばしば、人間が魔法を使う時に、使い魔として呼び出されることがあるのだ。  そうしてガルは出会った。  虫のように弱く、哀れなほど孤独で、されどひたむきな、人間の少女の契約者に。  そして──彼女から、学んだのだ。 『生贄になるために生まれてくる同族の命に疑問を抱かないなら、あなたはきっと、他種族の私がここでこうして死ぬことも、自然の理だと受け入れられるわね』  細く小さな手をガルの頬にあてて、優しい笑顔で冷たくなっていく彼女に。 『よかった……大切なおともだちを、泣かせずにすんだわ』  友達を失う息苦しさを。  それが効力を発したのは、怪我を負って時期精霊王の権利を失った時だった。  典型的な精霊族の思考回路にバグが生じたガルが、ジズの卵を密かに渡り鳥に託して逃がしたのは、当てつけだったのかもしれない。  懺悔だったのかもしれないし、供養だったのかもしれないし、宣戦布告だったのかもしれない。  ガルはジズの卵に最低限の教育を施した。  言葉を教え、ジズという存在、精霊族や神、扉のことも教えた。  そして、彼女の教えを最優先に伝えた。 『弱く、孤独で、生きる未来を持たないジズ。それでもお前は、お前が死んで心から涙する友人を、仲間を、家族を作れ』  ──世界を敵に回すエゴを押し通せ。  ガルは、ジズを生贄にさせないと決めたのだ。  それが大勢の人間に魔物だと蔑まれ殺された彼女を守れず、使い魔の契約を破棄された自分の、まだ取り返せる間違いである気がしたから。

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