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第590話
蛇の牢は城の地下へと無慈悲に進み、二人の姿は見えなくなる。
人気がなくなり、冷えた石の階段を降りていくと、不気味な雰囲気を覚えた。
地下牢の兵士は火の種族、サラマーディだ。四大精霊で最も戦闘力が高いとされている。
牢屋行きになった罪人である俺たちを見て、その移送方法にぎょっとしたが、すぐに手続きをして牢屋の中へ入れられた。
「まったくなにをしたのか知れねぇけどよう、めでてぇ儀式の日に悪さはしねぇでおくんな。見張り番の俺だってもちっとしたら、神殿へ集まらにゃならねぇってのにさ」
不満顔の彼だが、言葉が江戸っ子口調でなんとなく和む。
ふむ。イズナだった頃のガルは出自を完璧に隠すため、サラマーディの方言を使ったようだ。見事だな。
内心で感心すると、サラマーディの兵士はぶつくさと文句を言いながら、また入口の見張り場へと戻って行った。
「……行ったか?」
「……行ったな」
シン、と静まり返った牢の中。
俺とリューオは目配せし、頷く。
裁判を経た罪人を牢獄へ移送する前の地下牢なので、ここは現代で言う留置所だ。
罪状は散々だが、他国に来たのに自国の王、それも旦那に牢屋行きにされた俺の面目は丸つぶれである。
キョロキョロとあたりを見回すと、他に誰もいなかった。
精霊族の監視の目もないのは、思いっきり壊した儀式の場を整えるために人手がいるのと、魔王に大衆の面前で捨てられた妃に価値がないと判断されたからだろう。
「ンま、計画通りッてやつだな」
「リューオ、某新世界の神並の悪人顔になっているぞ」
「ハッ、完璧な演技をした俺こそが神だぜッ!」
モゾモゾと動いて起き上がり、ちょっと腕を振るとすぐにアゼルの魔法が霧散した。わざとだからな。
隣で同じく拘束を振りほどくリューオは、「魔王をぶん殴るのも我慢してやったしなッ」と拳を握る。
どこにいても相変わらずリューオだ。
俺様何様勇者様。頼もしい。
俺は音遮断の魔法陣を張り、服についた汚れをパンパンとはらい落とす。
「ムキャ」
「ん?」
するとどういうわけか、コロンと裾から丸いコウモリが転がり出てきた。
マルオより小さめな、日本にいたような普通のコウモリである。喋ったが。
(ということは、魔物か……)
コウモリは石畳の上に立ち上がり、頭をクシクシと毛繕いして、俺を見上げた。
その頭を指先でなでてやる。
目の色がグレーなのは珍しいが、小さくてかわいい。モフモフだ。
にこにこと微笑み癒されていると、暑苦しい鎧から動きやすいいつもの軍服に着替えたリューオも、コウモリに気がつく。
「お前、迷子か? 俺にはコウモリの友達がいるんだ。友達と似ているよしみで、外に連れて行ってあげような」
「おいシャルよォ。和んでるとこ悪いけどな、それ吸血野郎──陸軍の副官の分体だぜッ?」
「キキッ、ダイセイカイ。ノーキンユウシャ、ダイセイカイ」
ローテンポに答えるコウモリが肯定したことで、俺は目をぱちぱちと瞬かせることになってしまった。
なんてこったい。俺はゼオをモフモフしていたのか。貴重な体験だな。
「オレ、ゼオノ、メダマ。マオウサマ、マカイ、シャルタチ、レンラクガカリ。ダヨ」
「そうかそうか。よしよし。ゼオは賢いな」
「ホンタイ、ヤメロ、イッテル」
胸を張って連絡係をしていると言うゼオに、俺はわかっていても和んでしまい、頭を指先でなでる。
しかし分体と繋がる本体がなでるのをやめろと言っているらしいので、そっと手を引っ込めた。
もう少しかわいがりたかったのだが、残念だ。
「魔王を常日頃モフり、吸血野郎をモフり、シャル……お前マジで対吸血系には最強だな……」
「ん? あぁ、匂いがいいらしいな」
「たぶんそれだけじゃねェと思う」
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