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malachite ~マラカイト~

初恋の相手が『運命の番』になってくれたなら、僕はどれだけ幸せなのだろうか。 出会いは小学校2年生の時。 α(アルファ)の中でもほんの一握りしかいない、上流階級の、エリート中のエリートだと言う父親が住んでいると言う屋敷に初めて連れて行かれた日。 使用人が何人も忙しそうに動いているのを視界の隅に入れながら、二十畳くらいある和室で1人、後で呼びに来るからと言って出て行った母さんを待っていた。 「み~つけたっ!」」 いきなり声を掛けられ、驚いて振り返った。 ココの家の子なんだそうだ。 意味が分からなかった。 だって、僕はココに住んでる人が、僕の父親だって聞いていたから。 今目の前に現れた子供が、ココの家の子ってことは、僕の兄弟なんだろうか? 「なぁ、暇なら一緒に遊ぼうぜ?」 その子が笑顔で僕に手を差し伸べてくれた。 僕は、それまで同い年の子と一緒に遊んだ事がなかったから嬉しくて・・・・・・ 伸ばしてくれた手を、素直に受け取って、喜んで握り返した。 連れて行ってくれたのは、テレビでしか見たことのない、大きな庭だった。 鯉が何十匹と泳いでる池や、そこに掛かってる朱色の橋。 かくれんぼをする時に身を隠せる大きな石があったり、追いかけっこをした時に転んでも大丈夫なふかふかの芝生が敷き詰められてたり・・・・・・ 小学校低学年の2人には、十分な広さだった。 いっぱい笑った。 楽しかった。 この屋敷に着いた時、僕と母さんをこの部屋へ案内してくれた人が呼びに来るまでは・・・・・・ 僕達は手を繋いだまま、さっきまでいた、あの広い畳の部屋に戻って来て・・・・・・ 「母さん!」 そこには何人もの黒服の男達と、僕の母さん・・・・・・そして、もう1人、β(ベータ)の女の人がいて、僕の事をギロッと睨みつけてきた。 「翡翠(ヒスイ)様!」 その女の人に、繋いだままだった僕達の手を強い力で引き離された。 「あんな女の子供と何をなさっているのです!!」 そう言って、僕の母親を指差した。 あんなって何だよ! 母さんは泣いてた。 「母さん」 「・・・・・・ごめんね、琥珀(コハク)」 母さんを心配し、今自分が置かれている状況に不安しか感じない表情をしていたと思う。 駆け寄った僕を抱き締めて、耳元で言った謝罪の言葉・・・・・・その意味を、その時は理解できなかった。 運悪く海外出張中だった父親に会う事も出来ず、母さんに手を引っ張られて、その家から逃げるように飛び出した。 それっきり、その子とは会ってない。 周囲の人間からは母さんが愛人だったって教えられて・・・・・・その意味を知ったのは、小学校を卒業する頃だった。 あの後、母さんは僕を育てるために苦労を重ねて倒れた。 入退院を繰り返す母さんの実家で、僕は育てられた。 家にはβの血族ばかり、近所の人達や、親戚の人達からΩ(オメガ)である僕達親子は冷たい視線を浴びながら。 そして、中三の夏に・・・・・・母さんが死んだ。 僕のために、あの家を飛び出したから、寿命を縮めたんだと言われた。 僕はそのまま全寮制の高校を受験し、入学した。 世間体もあるから高校くらいは卒業しておけ、仕送りはしてやると祖父に言われたんだ。 母さんが、僕のために遺しておいてくれた貯金があったし、バイトは許可してもらえたから、祖父からの仕送りは断ったけど。 これ以上あの家の人達と係わりたくなかったし。 僕の事はともかく、母さんはあの人達の身内なのに、βの家系に生まれたΩってのがそんなに恥ずべきことだったのか、亡くなってすぐに密葬、母さんの遺体を何処に埋葬したのかさえ教えてもらえず・・・・・・ 数年掛かりで、僕は自力で母さんの墓を探し当てた。 そこは、とんでもなく山奥で・・・・・・何もない、寂しい場所だった。 ただ、唯一の救いだと思ったのは、景色は抜群に良かったこと。 視界を遮る高い建物も、空を覆う黒い煙を吐き出す工場も、何もないから。 毎週、学校が休みになるとその場所を訪れ、一週間何があったかって報告するのが、今の僕の習慣になっている。 「9年ぶりに、あの子と会ったよ」 母さんが生前好きだった赤い薔薇を一輪、墓前に飾る。 「偶然廊下ですれ違ったんだ・・・・・・僕のこと、気付いたみたい」 鬼龍院(キリュウイン)カンパニー、その家系はαばかり。 優秀な血を引く家の御曹司で、腹違いの兄弟。 名前は、翡翠・・・・・・そして、彼はα。 気になったのは、あの日、僕と彼を引き離した女の人がβだったってこと。 βからαの子供は生まれない、つまり、あの女の人と翡翠は親子じゃないってことだ。 αの女性、もしくは、Ωからしかαの子供は生まれないはずなのに。 帰りの電車の中で夕日を見詰めながら、溜息を吐き出した。 僕が通っている高校は、理事の中に鬼龍院グループも名を連ねている。 つまり、僕の父親が、僕の入学の口利きをしてくれたんじゃないかって言われたんだけど。 この高校、三分の一がα、三分の二をβ、そして、各学年に数人ずつΩがいる。 この世界のΩは希少種だと言われ、研究所に保護されて大切に育てられるか、スラム街のような治外法権の街で育つか。 僕の場合は後者、研究所から保護されることはなかった。 母さんが研究機関を毛嫌いしていたっていうのもあるんだけど。 だいたい、研究所で保護されているΩは少ないかもしれないけど、僕がいた街には結構な人数のΩがいたんだぞ? 高校の、僕以外のΩは、皆研究所から入って来た連中ばっかだった。 同じΩでも・・・・・・僕は特殊な目で見られ、友達なんて出来るはずもなく。 更に・・・・・・寮の玄関で、下穿きから内履きに履き換えようとして手が止まる。 「・・・・・・またか」 内履きの中に数個の画鋲。 なんて古典的な嫌がらせなんだろうね。 まぁ、今に始まったことじゃない。 カサが圧し折られてたり、内履きが無くなったり、下駄箱の中に鳥の屍骸が入っていたり・・・・・・ 先生に頼まれた資料を取りに行って書庫に閉じ込められたり・・・・・・ 階段の上から突き落とされたり・・・・・・いや、背中押された時、偶然一緒にいた翡翠のおかげで落ちはしなかったんだった。 その度に職員室へ行ったけど、何か対策を練るわけでもなく、犯人探しをすることもなかった。 担任は、ただ、面倒くさそうに僕の話を聞き流していただけ。 これ以上は言っても無駄、自分でなんとかしなきゃ。 翌朝・・・・・・いつものように下駄箱を開けて。 「メモ用紙?」 僕は咄嗟にくしゃっと握ってズボンのポケットに押し込んだ。 ってか・・・・・・一瞬だけ見た内容と差出人の名前が、まだ信じられないんだけど。 手の中のメモ用紙をずっと握ったまま、僕は教室へ向かった。 朝礼中、僕はその紙と睨めっこしっぱなし。 その紙面に載っているのは、今も斜め後ろに座っている人間の名前。 『昼休み、特別棟の屋上で待つ・・・・・・翡翠』 特別棟の屋上って言ったら、普段は一般生徒の立入りは禁止されている。 そんなとこに僕を呼び出してどうするんだろう? ちらっと肩越しに翡翠を盗み見る。 翡翠は大きな欠伸をしながら、滲んだ涙を指先で拭った。 昼休み・・・・・・待ち遠しいような、怖いような・・・・・・ 時間はあっと言う間に流れた。 ドキドキしながら僕は特別棟に足を踏み入れた。 校舎の中はシンと静まり返っていて、誰もいないみたいだ。 午後の授業の準備のためにいた数人の生徒とすれ違い、僕は屋上へ向かう階段を見上げた。 周囲に誰もいないことを確認して、ノブに手を掛ける。 扉に鍵は掛かっていなかった。 風が少し強いけど寒くはなく、空は雲一つない快晴。 そこに、まだ翡翠の姿はなかった。 「・・・・・・早く来すぎたかな?」 昼休みになって、昼食もとらず、速攻で来たから・・・・・・ 翡翠に会いたくて仕方がないみたいじゃん、僕・・・・・・はははっ。 教室でも、寮でも、いつでも会えるのに、こんな形で呼び出されるもんだから。 緊張してきた。 何やってるんだろう、僕・・・・・・ 会ってどうするんだ? 何を話す気? 僕は、翡翠に何かを期待した? ここから僕らのクラスがよく見えるんだけど、なんで皆こっちを見てるんだ? ここに僕がいるのバレバレ? ヤバイ、戻ろう。 くるっと向きを変えた瞬間、バタンッと屋上の扉が閉まった。 「え、うそ!」 慌てて駆け寄った扉は、ガチャガチャと音がするだけで開かない。 「鍵掛かってんのか?なんで?」 ハメられた? 「なんでって・・・・・・決まってんじゃん」 カラカラと金属を擦る音がして振り返ると・・・・・・誰もいなかったはずの屋上に5人の生徒がいた。 彼らは全員βのようだ。 それぞれが、金属バットやモップを手にして。 「何か御用ですか?」 って聞くまでもないんだろうけど・・・・・・ほら、僕の問いに対して誰も何も言わない。 ニヤニヤと口角を吊り上げた笑みを顔に貼り付けて、じりじりと囲まれる。 逃げ道はフェンス側にしかない。 僕を囲む生徒達の顔は、どれも見覚えのないものばっかりで・・・・・・しかも、僕と同じ学生かと疑いたくなるくらい、学生服着てる割には、おっさんと呼んだ方が自然なような風貌だ。 僕はフェンスを背に、奴等がいつ飛び掛ってくるのか身構えて・・・・・・ そりゃぁ、全部は躱しきれないだろうから、一発くらいは覚悟の上だけど。 ガシャン・・・・・・と大きな音がして、いきなり身体のバランスが崩れた。 何が起こったのかは分からないけど、ただ青い空が見えて・・・・・・ 伸ばしたのに何も掴めない手の甲が見えて・・・・・・ 何処か遠くで誰かの悲鳴みたいな叫び声が聞こえて・・・・・・・・・ 気付いたら、保健室のベッドに寝かされていた。 なぜか、視界のド真ん中に翡翠の顔がドアップであって・・・・・・ その翡翠の背後に、鬼龍院グループに仕えているβの家系の、瑪瑙(メノウ)がいた。 この2人、気付くといつも一緒にいる気がする。 まぁ、瑪瑙からはいつもキツイ視線を向けられているけど。 屋上から、外れたフェンスと共に落下したらしい僕は、運良く下の植木がクッションになって大怪我は逃れた、と瑪瑙に説明された。 身体のあちこちが痛いと訴えてみたら、擦り傷、打撲程度で、骨折まではしていないから安心しろと言われた。 詳しい検査をしてみないと分からないけど、とも付け加えられたが。 「琥珀、お前、あそこに何しに行ったんだ?」 何しにって・・・・・・つまり、やっぱり、あのメモは翡翠が入れたものじゃなかったんだな。 「瑪瑙に調べさせた。お前、今回起こったことみたいなの、初めてじゃないんだな?」 今回みたいな、屋上から落ちるみたいな、命の危険を感じるようなことは初めてだ。 僕は首を左右に振った。 「なぜ俺を頼らない?」 「何、言ってんの?」 頼るだなんて・・・・・・そんなの無理に決まってんじゃん? そんなことは許されないことだろ? 「好きなヤツが俺の知らないところで傷付くの嫌なんだよ!」 好き? 翡翠が? 好きって誰を? 「俺は、お前が!琥珀のことが!最初に出会った頃から好きなんだけど?」 翡翠・・・・・・顔真っ赤だよ? 僕だって・・・・・・僕だって翡翠が好きだ。 僕達、『運命の番』だったら、どれだけ良かったか・・・・・・・・・でも、きっと、僕は翡翠の『運命の番』じゃない。 まだ一度も発情したことないから解らないけど。 『運命の番』であるαに出会ったら、すぐに分かるって母さんが言ってた。 母さんが、翡翠の父親に会った時みたいにって、頭ん中が真っ白になって、欲しくて仕方がない、止められない衝動が襲ってくるって。 でも、でも、僕が翡翠を好きだってことは嘘じゃない。 言ってもいいんだろうか? 好きだってことは伝えてもいいんだろうか? 「・・・・・・っくも・・・・・・僕も、翡翠が・・・・・・好っ!!!」 ガバッと抱き締められて硬直・・・・・・呼吸を忘れた。 「琥珀」 「・・・・・・ひ、翡翠」 翡翠の背中に手を回して・・・・・・力を入れる。 翡翠の体温を感じて、ホッと息を吐き、身体から力を抜いた。 「そうやって、もっと早く俺に泣きついてれば怪我しなくて済んだのにな?」 ボソッと耳元で囁かれた翡翠の言葉が、すぐには理解できなかった。 そっと翡翠が離れる。 「お前はもう俺のモンだから、な?」 翡翠が僕の顔を挟み込んで・・・・・・真っ直ぐに僕の目を見詰めてきた。 「愛してるよ、琥珀」 唇を重ね合わせて・・・・・・翡翠の長い指先が僕の顎を固定して、更に深く・・・・・・ 「・・・・・・んんっ、ふはっ・・・・・・んっ」 翡翠の熱い舌が・・・・・・僕のと絡みついて、僕の呼吸を奪って・・・・・・・・・脳内がビリビリと痺れてく。 「親父にも渡さねぇ」 「コホン」 誰かの咳払いが・・・・・・あ、ここにはもう一人人が、瑪瑙がいたんだった。 「翡翠様、彼らに終了の合図出しておきますよ?」 終了? 彼らって誰のことだ? 「あぁ・・・・・・ご苦労だったって伝えておいて」 翡翠は僕の事を抱き締めたまま、嬉しそうに笑った。 「おかげで琥珀を手に入れることが出来たよ、ありがとうって」 その日のうちに僕は高校を中退させられ、そのまま翡翠の私宅に連れて行かれた。 それから一度も外出を許されず、数日が経ったと思う。 カーテンを締め切った部屋の中・・・・・・外の景色が見えないから、時間間隔が狂ってる。 キングサイズの高級ベッドの、肌触りがいいシーツの上に転がされて・・・・・・ 聞こえているのは僕の不規則な、浅い息遣いと・・・・・・ 無機質な機械の振動音・・・・・・ くらくら揺れる視界に、時折星が飛ぶ。 「・・・・・・ん・・・・・・ふっ、んぁっ」 身体が燃えるように熱い・・・・・・チャリッと足首の枷が音を鳴らした。 じっとりと全身に浮かんだ汗がシーツに染み込む。 蕾に埋め込まれたモノが振動し続け、どこで操作しているのかは分からないけれど・・・・・・それは、時折強弱、リズムを変えた。 「っつぁ・・・・・・ん・・・・・・やぁあ、はっ・・・・・・」 拘束具で両足を固定された僕にはどうする事も出来なくて・・・・・・ 身体を捩じって、この一方的に与えられる快楽に耐えるしかなくて。 「やぁ、ひすっ・・・・・・いぃ・・・・・・やめっ、んぁ」 ぼんやり見える時計の針は、まだ翡翠の帰宅時間を差さない。 何度も何度もイキそうになるのに・・・・・・途端刺激を止められて、もう気が狂いそう。 早く・・・・・・翡翠、早く帰って来て。 「あ、んぁっ」 足音? 足音が聞こえる・・・・・・この部屋に向かってくる? これは、翡翠? ガチャッと扉が開いて・・・・・・ 「ただいま、琥珀・・・・・・すごい甘い匂いが外にまで漏れてるよ?」 優しい笑顔が視界いっぱいに広がって、少し冷たい手が僕をそっと抱き起した。 「ひすっ、いっ・・・・・・もう、とっ、て・・・ひっ・・・・・・んぁあぁ」 翡翠の肩口に額を擦り付ける。 早く、なんとかして・・・・・・縛ってあるモノを解放してくれないと、この溜まった熱を吐き出せない。 「も、もう・・・・・・イキ、た・・・・・・ひすっ、いぃ」 自分では触れない場所に翡翠がゆっくり手を伸ばして、指先だけでそっと触れて、離れていく。 もっと強く触って、もっと、もっといっぱい・・・・・・足りないんだ、翡翠。 「ココから溢れてるね、ベトベトだな・・・・・・何回イッた?」 僕は首を振る。 イケない・・・・・・イッてない。 翡翠がしてくれなきゃ・・・・・・イケない・・・・・・だから、お願いだ。 「発情期もまだだって言うのに、琥珀にはこういった素質があるんだな」 そんな、嬉しそうに笑うなよ・・・・・・ 「ふあっ!」 縛ってあった革紐を外して、中に入れられたままだった玩具を一気に引っ張り出すなんて。 一瞬目の前が真っ白になって、星が飛んで、自分の腹に白濁を吐き出した僕に対して、翡翠は笑った。 「あれ?イッちゃったじゃん」 そりゃイクだろ? そんな嬉しそうに・・・・・・笑わないでよ、翡翠。 酸素が足りない、くらくらする。 「琥珀、今日は研究所からイイ薬をもらってきたんだ」 研究所? いい、薬って何? 「今よりもっと悦くなれる薬、俺の血を混ぜてある・・・・・・いろいろ実験済みだから心配ないよ」 翡翠の手に握られている小さなガラスの小瓶。 「ねぇ、琥珀・・・・・・あの日の事、覚えてる?」 中身がチャプンと音を立てて跳ね・・・・・・・・・ 「俺達が初めて会ったあの日・・・・・・琥珀の母親は、親父にお前を差し出すために屋敷へ連れて来たんだ」 翡翠の指先が僕の唇をなぞる。 「自分の身体ではもう子供を産めないからって、琥珀に、親父の子を孕ませるために」 翡翠の指が僕の唇を割って口内に挿入した。 僕は、翡翠の言葉に耳を傾けながら、ぐちゃぐちゃな思考回路で、何を言われているのか理解しようとは、したんだけど。 思考が纏まらない。 「それを、あのβの女が邪魔するために俺と琥珀を引き合わせた」 クスクスと翡翠が笑う。 「褒めてやらなきゃな、あのβの女・・・・・・まぁ、もうこの世にいないんだけど」 この世にいないって、どういう意味? 指で僕の舌を弄び、舌先に小瓶が近づけられた直後、目の前に火花が散って、僕の意識は白い闇に堕ちていった。 END

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