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一石二鳥の謀り事

 ここはとある有名な私立の全寮制中高一貫男子校。その高等部生徒会執行部役員執務室です。 高い天井に、床には深い臙脂色のカーペット、学園を見渡せる大きな窓には繊細なレースの白いカーテン。  役員たちの執務机は飴色のマホガニーで、代々の役員の血と汗と涙が染み込んでいます。置かれた人数分の最新型PCはスペックも画質も最高品質。 片隅の高性能デジタル複合機だって業務用レンタルではなく自前です!  全国からセレブの子弟が集まる学園は寄附金もそれなりの額で、設備投資にも惜しみなく使えます。  さて執務室に入って右側。白い革張りの応接セットの向こうには扉が二つ。一つには『給湯室』とプレートが掲げられ、機能美溢れるシステムキッチンが設置されています。  もう一つの扉には『休憩室』とあり、中にはクィーンサイズの天蓋付きふかふかベッド。クラシカルな間接照明とサイドテーブルの反対側には、意味ありげな抽斗。 更に奥にはシャワー室も完備で、激務に励む役員たちの憩いの場として活用されています。  この執務室だけで生活出来てしまいそうな至れり尽せりの素敵空間。なのですが、コの字型に配置されたソファに身を預けた生徒会長、並びに銀縁眼鏡の副会長は沈痛な面持ち。  何故ならば。二ヶ月後には大型イベント、華の体育祭が控えているのです。  皆様ご周知のとおり、学園では生徒の自主自律が尊ばれ、学園内のイベントは全て歴代の生徒会執行部が執り仕切ってきました。  問題の体育祭においては独創性溢れるオリジナル競技の考案実行が、学園創立当初からの伝統なのですが、ここに至って大問題が発生。  ネタ切れです。  これは由々しき事態です。生徒たちは有名無名の差はあれど良家のご子息。 代々この学園に通う者もおり、現役は言わずもがな、ОBの期待が半端ないのです。 全員参加でブレイクダンスでもしてお茶を濁すという訳にもいきません…それはそれで後々の伝説になれそうではありますが。  「ミツイ、垂れ目のあいつはどうした?」  会長が、眼鏡の副会長を睨みます。会議の開始時刻は過ぎていました。  「親衛隊員の子ネコちゃん達と密室デートの先約だそうです。」  「やたら静かな書記は?」  「管理していた温室の鍵が壊され何者かが中で致していた形跡があり、隅々まで消毒中だそうです。」  「見分けのつかない庶務達は?」  「彼ら双子の餌付けに成功したスィーツ部が試食会だと盛り上がってました。」  「……」  会長は絶望的な気持ちになりました。胃がしくしくします。 実は彼は俺様御曹司でも人気投票1位でも何でもなく、只々、成績と教師ウケが良かっただけの一般人でした。 そんな会長の様子を見て、ミツイ副会長も眉が下がります。  「ヤマモト会長。もう、いいではありませんか。何をやってもやらなくても非難する人間は一定数存在します。ならば最大公約数的納得と盛り上がりを目指しましょう。」  「ミツイ、何か腹案があるのか?」 副会長のお洒落メガネがキランと光ったように見えました。  「ぱん食い競走です。」    「ミツイ。コレ、本当にやるのか?」  「やれるかを、今から試すのです。」  2人は休憩室のクィーンサイズベッドの端に座って、天蓋を見上げています。 そこには副会長が用意したアレコレがぶら下がっていました。  「いいですか、ヤマモト会長。ぱん食い競走を馬鹿にしてはいけません。競技者は手を使わずに、ただぱんに食い付くというシンプルなルールにより、射幸心を煽られます。そのシンプルなルールが故に同チームの者は手に汗を握り、敵対チームは対抗心を燃やし、応援にも熱が入って盛り上がります。」  「なるほど!盛り上がる根拠がちゃんとあるのか!さすがだな!!」  角度のせいか会長からは、副会長のメガネが光ったままで、レンズの奥の目を見ることができません。  「その通り。しかし、ただのあんぱんではオリジナル競技とは言えません。そこで、食いつく食品の難易度を上げたいと思います。」  「確かに、どれも口を大きく開けても入りにくそうだ。」  会長の感想に、副会長の眼鏡ではなく目がキラリ。というかギラリ。  「カメラで動画と静止画を撮っておきましょう。候補を絞る時の参考に。」  「さすがミツイ。準備がいいなぁ。」  「それほどでもありません。」  ニッコリした副会長は、宗教画の天使のように慈愛に満ちみちていました。  「痛くはありませんか?」  「痛みはないけど、意外としっかり結ぶんだな。」  会長は、ぱん食い競走(仮)実験の為と称して赤い縄(ミツイ氏私物)で後ろ手に縛られていました。  「他に黒革のベルト(私物)や手錠(私物)なんかもありますが。」  「今日はもうコレでいい。けど人によってはアレルギーで肌が荒れる可能性もあるし、選べるようにしてやるのは良い案だな。」  ヤマモト会長は真面目な子なのです。お財布を拾ったらきちんと届けるタイプです。 何も疑っていない子犬の様な純粋な瞳に、ミツイ氏はキュンキュンしました。  「では、始めましょう。ベッドの上に立つのは危ないので膝立ちでお願いします。」  副会長のお尻には幻の悪魔のしっぽがチラリ。 綺麗なものは、自分が汚してしまいたくなるのです。  「あ、あーん?あむッ。」  一つめはちくわでした。柔らかいので簡単に食いつけます。 真横からガブッと。  「……」  副会長は何か納得のいかない顔です。 そういう事じゃない、とでも言いたげです。 そのまま食いちぎったら、まるで自分の身体を食いちぎられたかのように痛ましい表情で、会長はよくわからない罪悪感から彼に謝罪しました。  「あーん、あ?ムッ!あッ!ああッ!はむンッ。」  二つめは茹でタコの足でした。 くるんと巻いた細い先が紐にくくられているので、タコ的には足の付け根の方に齧り付くしかありません。 しかも弾力があり、ちくわの様に食いちぎる訳にもいきません。  フラフラと揺れるので舌を突き出して揺れを止めて…今度は真下からガブッと。 おクチがいっぱいで話せないので、副会長には目で出来た!アピールをしてみました。  「ふぐッ!?」  思ったより近くでカメラを構えていた彼は、赤い顔で鼻息荒くしていました。何故か鼻を手で抑えてもいます。 思わず心配になりますが副会長は至って真剣な表情です。  「ヤマモト会長。今気付いたのですが、やはりこういった物は衛生面で不安が残ります。空調完備の体育館とはいえ、ナマモノですし。」  会長は、頷いて同意しました。  三つめの極太フランクフルトも、タコ足と同じように衛生面の問題で却下だと思っていたら、副会長がどうしてもと言うので一応はやってみました。  イマイチでした。 ある程度冷ましてあるとはいえ、咥えて歯を立てると中から温かい汁が溢れてきて口端からこぼれたのです。  副会長がカメラを構えつつも慌ててシャツのボタンを外して前をはだけてくれなければ、油染みが付いてしまうところでした。 胸骨のあたりまで垂れた汁もきちんと拭いてくれました。やけに丁寧な手付きでした。  結局、四つめのバナナが採用になりました。 吊るすのにバナナの軸は最適で、皮ごと消毒しておけば衛生面の心配もなさそうです。 ぱん食い競走ならぬ、バナナ食い競走in男子校。一部の人間にとってはご褒美的な匂いが何故か漂います。  ただ、ヤマモト会長は限界まで口を開けて頑張ってみたのですが、皮付きバナナはなかなかに強敵で。  「…はぁッ。無理だミツイ。こんな太いの、オレ入らない…。」 と言った瞬間。  ゴッとかブッとか濁音がいくつか混ざったような音がして、ミツイ副会長が盛大に鼻血を噴きました。文字通り、噴いたのです。ピューッと。 しかも、結構な出血量にも関わらず、副会長は幸せそうな顔でヘラヘラしています。ちょっと怖いです。 カメラも手放しません。 そのうえ、  「ヤマモト会長、実はまだ難易度を上げることができるんです。」  なんて事を言い出しました。 ちょっともう止めたいな、とは言えない雰囲気でした。  「目隠しです。ちゃんと、用意しています。」  なるほど! 見えていてもフラフラ揺れる獲物を捕えるのは困難でした。 目隠しなんかしたらそれはそれは難しくなることでしょう! 2人1組にして競技者とガイドにすれば、参加人数も稼げます。きっと盛り上がります!  ただ、それは本当に今やらなければならないのでしょうか…。  まだやるなんて一言も言った覚えはないのに、副会長が輝く笑顔で鼻にティッシュを詰めながら、どこからともなくシルクの真っ黒な幅広リボン(私物)を取り出しました。  ヤマモト会長は何故か脳裏に、詰んだ…という心の声が聞こえたとか聞こえなかったとか。

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