7 / 7
真実
それから朝まで何度もイカされ、中に出された。体はぐったりとなりながらも、ようやく頭の中は落ち着いた。
恥ずかしいことをねだった気がして、落ち込む。
「俺はまだいけるが?」
「いや、とりあえず今はいい。休憩させろ」
サイドテーブルに置いてあった水差しから注いだグラスを、リュカが渡してくれる。俺はそれを一息で飲んだ。
「……あー!」
空っぽだった胃に水が染みわたった途端、急に空腹を覚える。
家出をしたのが多分昨日の日中。夕食を食べずに行為をしていたのだから、空腹を感じて当たり前だ。
腹を押さえていると、
「腹が減ったか? 食事がおいてあるはずだから支度をする」
勝手にさっしてくれたリュカが、さっと夜着を羽織ると部屋の外に置いてあった料理をテーブルに配膳してくれる。
屋敷の主であるリュカにさせていいのだろうか、とぼんやり考えているうちに配膳が終わってしまう。
「とりあえず食べよう」
「うん」
裸だった俺も夜着を身に着け、食事の挨拶をしてから食べ始める。食事の間は無言だった。そもそもリュカは多弁ではないし、俺は話したいことがたくさんあったが、食事中にしたい愉快な話ではない。
屋敷に来てからの食事は温かいものしか食べたことがなかったが、今朝の食事は仕方がないとはいえ冷めきっている。
それでも冷めても問題ないものを用意してくれたらしく、普段と遜色ないほど美味しかった。
食後のお茶を飲んだら、俺はようやく口を開いた。
「俺のこと、番にしてよかったの?」
おぼろげながらも、昨日のことは断片的に覚えている。うなじの甘美な痛みも。
俺から迫ったとはいえ、リュカに拒まれたら屋敷から出て行くつもりだった。番を解消できるかは不明だが、リュカが望まないのに屋敷にとどまるのは女々しすぎる。
リュカは何とも言えない、困った顔をした。
「いいといえばいいんだが」
何とも煮え切らない返事だ。
「お前俺のこと別に好きじゃないよな?」
俺が確信をつくと、リュカは不満そうな顔をした。
「俺は初めから、お前のことが好きだと言ったはずだぞ。何を今さら」
(はぁ?)
「言われた覚えねーぞ」
言われていたのなら、俺はこんなに悩んでいない。
怪訝な顔をすると、リュカはふてぶてしく言い放った。
「初めて会った時、『お前は運命の番だ』とはっきり言った。それは好きだと言うのと同義だ運命の番というのは唯一無二だからな」
「いや、知るかよ」
そんな暗黙の了解のようなものを、求められても。
苛立ちながら、俺はまた口を開く。
「じゃあ、ちゃんと番にしなかったのはどういうわけだよ。俺が好きなら、早く番にしたいもんじゃねーの?」
最もな俺の意見に、リュカは淀みながら答えた。
「俺は、おまえより十も年上なんだぞ?」
「うん。だから?」
年が離れていたら何なんだ。そこを気にされても待っていたって、俺の年はリュカには延々に追いつかないが。
リュカはがしがしと力強く頭をかきむしった。
「いきなり番にして、お前に余裕がないところを見せたくなかったんだ。それに、お前がまだ俺を好きになっていないのに、番にするのは卑怯だと思った。初めて会った時、理性を飛ばして思わずキスしてしまったらお前は嫌がっていたし。
ヴェルトリーにだけは、嫌われたくないんだ」
「俺に、嫌われるの嫌なんだ?」
俺より十も年上で、背が高くて強面なのに。可愛い、と思ってしまった。
いつも堂々としていて、誰に嫌われようがどうでもいい、みたいな態度なくせに。
「当然だろう。お前は運命の番なんだから。他の人間とヴェルトリーは比べ物にならない。お前に嫌われることを想像しただけで死にたくなる。
それなのに、お前にねだられて噛んでしまって……。すまない。本当なら、お前の意識がはっきりしているときに、確認を取るべきだったのに」
「うなじ噛んでって言ったの俺のほうじゃん。だからあんたは悪くない」
俺がそう答えると、リュカはほっとした顔をした。
俺を今まで番にしてくれなかったのはまあ理解したとして、もう一つ問題が残っていた。
「で、婚約者ってなんだよ。お前、俺を番にして、別のオメガと結婚しようと思っていたわけ?」
「違う! そんなはずがないだろう!」
食いつき気味に言ってきたリュカは、力強く首を振った。
「お前に言うと誤解されると思って、言わずにいてすまなかった。他のやつに言われるのなら、話せばよかった。あいつには厳しく罰を与えておく」
「いや、罰とか与えなくていいから。別に」
結果的に何もされなかったし、告げ口程度で罰を与えられるのは夢見が悪い。ムカつくやつには違いないが。
「お前に会う前に引き合わされたオメガがいたんだ。彼には慕っていた幼なじみがいて、相手も憎からず思っていそうなのにどうにも煮え切らない態度を取られていた。だから婚約者でも作れば動くんじゃないか、そう提案したんだ。
案の定そのオメガと幼なじみは結ばれたから、俺たちの婚約は解消された。もっとも初めから合ってないような口約束だがな。
これが全てなんだが、許してくれるだろうか。ヴェルトリーが許してくれないのなら、何度でも謝罪するし、説明するが」
リュカは普段の堂々とした姿とは全く正反対に、しょんぼりしていた。耳も尻尾も、可哀想なくらいにぺたっとなっている。
一応理解はしたが、「リュカがなぜそこまでしないといけないんだ」とか「誤解させるとしても話して欲しかった」とか納得は全然してなかったが、俺はぷっと吹き出してしまった。
「もう、いいや。怒ってんのめんどくせー」
そう言ったとたん、リュカの耳と尻尾は現金なほどにぴょこぴょこと跳ねた。表情はそう変化しないのに、耳と尻尾は雄弁だ。
「俺はきっと、初めて会った時から、あんたの番になりたかった。ねぇ、謝る代わりに好きって言って。俺全然足りてない」
そうねだると、俺の運命の番は微笑んでうなづいた。
「分かった。ヴェルトリーの愛らしい声でも、聞かせてもらいたいものだな?」
「お、俺!?」
そう言えば、俺も言ったことなかったな。恥ずかしいし……。
リュカは俺を向かい合わせになるように膝の上にのせると、抱きしめて耳元で囁いてきた。
「ヴェルトリー。俺の可愛い番。好きだ。愛してる。もう二度と、お前を悲しませたりしない」
「あ、なんかもういい」
聞いている方がこっぱずかしくなってきた。
「お前は? 言ってくれないのか?」
リュカにねだられて、俺は頬を熱くさせて小さな声で絞り出すようにして言った。
「リュカ、好き……」
声に出した途端、
「……っ」
「はぁ?」
リュカのものが、硬くなるのが分かった。
愛撫もしていないし、俺のヒート中とはいえ、今は落ち着いているのに。
「何で?」
硬くなったリュカのものに刺激され、俺のものも段々と硬度を増してくるのが恥ずかしい。
「も、降ろして……」
「可愛い番に愛をささやかれて、抱きしめているんだ。反応しないほうがおかしい」
俺の懇願は受け入れられることなく、リュカの手は俺の胸の飾りをいじり始めたのだった。
それからヒートが終わるまでの一週間、俺たちは何度も体を重ねた。
リュカはピンピンしていたが、ヒートが終わるころには俺はぐったりしてしまい、丸一日は使い物にならなかった。
俺の体力が回復した時、二人で指輪を選んで式を挙げた。リュカの立場としては大規模にしたほうがいいのでは、と思ったが、できるだけ俺を人目にだしたくないのだと言われた。
俺を人前に出すのが恥ずかしいとかではなく、運命の番とは嫉妬深いものらしい。
第一印象の最悪だった獣人は、俺の大切な運命の番になった。
ともだちにシェアしよう!