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第7話 -2
「坊ちゃん」
頭上から声がする。地を這うような、怒りが滲む声。
少ししか目は離していないのに。顔を見上げると、市倉ははっきりと目覚め、じとりと見下ろしていた。
「するなって言いましたよね」
「……欲しい」
「あげない。寝込みを襲うなんて、あんた本当に悪い子ですね」
「っ」
「しませんよ。手ぇ離して」
無理に手を離され、市倉は起き上がると悟志に乱された服装を整えた。溜息を吐き、そのままの状態で悟志を起き上がらせるとキッチンに連れて行き、水道で手を洗わせる。
「いい加減にしねえと、マジで怒りますから。禁欲しなさい、わかりました?」
「……」
「返事は」
「……押し付けたの、お前の方なのに」
「夢見てんだから勃起くらいするし、そこに偶然あんたが布団に入ってただけだろ」
「……我慢、できない」
「言いたくないけど、坊ちゃんまさか犬以下なんです? 待てもできない子に育っちゃいました?」
怒っている。予想もしていたそれに、悟志は視線を逸らす。
そんな顔を鷲掴みにするように、市倉は無理矢理視線を合わさせた。
「我儘放題なのは俺のせいではありますけど、ちゃんと躾はしてきたつもりですよ。我慢することも教えましたよね、また教育し直した方がいいですか?」
「……」
「返事の仕方も教えましたよね」
「……だって」
「言い訳で逃げるなってのも教えたはずです」
顔を掴まれたまま、逃げられず詰められる。何も言えずにいると、市倉は軽く手刀で頭を小突いてきた。
「トイレ行ってくるんで、大人しく寝てください。次やったら本気で怒りますからね」
半ば諦めているような声色でトイレに入ってしまう市倉を見送り、寝室に戻ると市倉が眠っていた布団に潜り込み横になる。
枕を抱きしめ、眠れずにいると市倉は戻ってくるなり溜息を吐く。黙ってベッドに乗り上げるそれに、悟志は起き上がり上体をベッドに預けた。
「一緒に寝たい」
「ガキに逆レイプされたくないんで嫌です」
「もうしない」
「信用できません。おやすみなさい」
「……市倉」
1人で寝るのは、不安になる。夜は怖い。だから落ち着く匂いが近くにあってほしい。
布団を引っ張り、市倉の名前を何度も呼ぶ。背中を向け無視をされていたが、何度も呼んでいると深い溜息を吐かれた。
「絶対に触らないでくださいね」
「ん」
「隣どうぞ」
布団を捲り、ぽんぽんと誘ってくれる。悟志が隣に潜り込むと、右腕が枕代わりに頭の下に伸ばされた。
「別に、添い寝だけならいくらでもしますから。ただそれ以上は我慢してください。しなくたって生きていけるんです。それを知ってほしくて俺は坊ちゃんのこと連れ出したんですから。欲しくても我慢してください。依存症みたいになってるだけですから、ゆっくり治していきましょうね」
4本の指が頭を撫でる。
悟志は、抱きつきながら小さく頷いた。
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