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第7話 -8
3人の会話を聞くだけで、どっと疲れが出てしまった。そろそろ昼休みも終わる時間だろう。時計を確認しようとして、そういえばあれは父の贈ったものだからと市倉が実家に置いてこさせたのを思い出した。携帯電話も持っていない。光と優は軽く喧嘩のように言い合いをしているからと唯一腕時計をしている時雨に近付き、手元を覗き込んだ。
「何分だ」
「13時15分。5限目まではあと25分だな」
「長いな」
「時間近付いたら俺が言うし、それまで本でも読んでたら?」
「そうする」
座っていた場所に戻り、また本を手にする。その様子を見ていた光は、今度は時雨に食ってかかった。
「しぐ、あんまりさとと話さないで」
「束縛酷すぎ。しつこいと九条にも嫌われると思うよ」
「だって今までみたいにやってる余裕なんてないって知ったんだもん。さとも鈍いし、他の人に目移りし始めちゃってるし、俺だけ見てもらうためにはそれしかないじゃん」
「だからって、今のはただ時間教えただけだろ?」
「でも、ちょっとの可能性だけでも潰しておきたいし」
「怖すぎて笑っちゃうんだけど」
今までずっと幼馴染としてしか接していなかったはずなのに、光はずっと自分を好きだったかのような話をしている。2人の間を邪魔する輩はすべて排除すると言わんばかりのそれに、悟志は何も言えなかった。
自分は、ずっと光しか見てこなかった。それは光が唯一の希望で、唯一近くにいる年の近い人間で、自分を認めて全てを包み込んでくれる人だったから。
今は、唯一じゃない。時雨だって自分を認めてくれていて、好きだと言ってくれていて。市倉はあの家と父から自分を救い出してくれた。
目移りしているわけじゃない。光しか見えなかった視界が、時雨や市倉によって広げられただけの話だ。
でも、それは言わない。自分が光を好きなのは変わらないから。
余裕がなくなっているそれを解すために、そっと光の手を握る。
「束縛は嫌だ」
「……ごめん」
「それに、お前とは付き合ってない」
「そうだけどさぁ」
「あと、暫くは誰とも必要以上に関わるなって、市倉が言ってた」
光と付き合いたいわけじゃない。一緒にありたいわけでもない。ただ好きなだけ。
自分をまともな人間にしたがっている市倉にも、暫くの間は大人しくしていてくれと言われた。大人しくの意味は、きっとそういうこと。
光とはこのままでいたい。市倉には嫌われたくない。だから、露骨になった光の独占欲は受け入れられないと首を振るだけだ。
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