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第17話 -9

 光への返事はまた後程行うことにして、悟志はすることもないからと勉強道具を取ってもらった。ベッドに座ったまま鞄の中から数学の問題集を取り出し、その場で解いていく。  足はまだ動かない。悟志自身も動かしたいのだが全く言うことを聞いてくれない。心因性というのも厄介なものだ、自分でもどうしようもないなんて。  正直、何日経ってもあの時の恐怖感というのは癒えていない。また連れ戻されるという絶望と、何度も腹を執拗に殴られ胎内も好きに蹂躙された苦痛と恐怖と。なるべく心配はかけたくないから平静を装っていても、身体ははっきりとショックを受けていることを表していた。 「悟志さん、今から兄貴が来るそうです」 「追い返せ」 「しませんよそんなこと。いい加減意地張んのやめろよな」 「張ってない」 「はいはい、じゃあちゃんと兄貴と会話してください」 「嫌だ」  市倉がちゃんと認めるか説明をして謝るのならまあ考えなくもないが、あちらから会話をしようともしないから悟志の方からも話さない。それだけだ。  数ページをあっという間に終わらせ、ベッドの上で転がっていると市倉がやって来た。澤谷と事務的に明日に泊まるホテルのことやら今の勢力についての変化などについての会話をすると、ちらりと見てくる。  じとりと見続ければ、市倉の方から視線が外れた。 「なんで2人ともそんな意地張ってるんすか」 「別に、そんなことないだろ」 「あるから言ってるんすけど。なんなんすかもう」 「余計な気を回すんじゃねえよ」  意地を張っているわけではなく、促すようなこともされたくない。これは自分達の問題だと2人が同じ意見で否定をすれば、澤谷はその息の合いように呆れたように唇を尖らせた。 「いい加減仲直りしてくださいよ。俺間に挟まれんの嫌なんすけど」 「セクハラするおじさんは嫌いだから嫌だ」 「……だから、すまなかったって言ってるじゃないですか」 「取り繕って嘘吐いて逃げようとするおじさんも嫌だ」 「……あんたの父親については、また落ち着いたら話をさせてください」 「自分の立場が悪くなったからって今更秘密にしてたことを話して弁明しようとするようなおじさんが一番嫌だ」  悟志はふいと顔を逸らし、また布団を被ってしまう。  何度もおじさんと呼ばれ続けた市倉は、深く溜息を吐く。早く出て行ってくれと思いながら隙間から睨むように見上げ待っていると、そのベッドの傍に市倉は跪き視線を合わせてきた。 「じゃあ、落ち着いて家に帰れるようになっても俺みたいなおじさんとは一緒にいたくありませんか?」 「……それはお前の仕事だろ」 「えぇ。でも、坊ちゃんが嫌なら俺は引っ越し先にはついていきませんし、坊ちゃんは一人暮らしになりますよ。40も超えたおじさんと二人暮らしなんて嫌でしょう、単身者用の物件を探し直しましょうか」 「……」 「澤谷、外で少し時間潰してきてくれ。話がしたい」 「うぃっす、わかりました」  市倉の言葉に、澤谷は拒否をすることもなくすぐに財布を片手に外に出て行ってしまう。  久々の2人きり。あんなことを知ってしまったから少し身構えてしまったが、市倉は敢えて距離をとり澤谷が使っている少し離れたベッドに腰を下ろした。

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