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コイツ殴ってもいい?
「シキ君、実戦授業のペア決まった?」
夏休みが終わり、穏やかとは言い切れないかもしれないが少なくとも自警団で過ごすよりは幾分か平和な日々を迎える…はずだった。
二学期初日、廊下賑わう休み時間にこの学園の王子様が俺の教室で大迷惑なことを抜かしやがったのだ。そう、学園の王子様とは生徒会副会長、エイノ先輩である。
わざわざ一個下の階にまで降りてきて、一年Sクラスの前でこう言い放ったのだ。
「シキ君、実戦授業のペア、俺と組んでよ」
その瞬間、その場にいた奴等は阿鼻叫喚。
あの副会長サマが、Sクラスの無名の一年を実戦のペアに誘った…?
実戦授業は二通りある。
一つ目は、四人一組のチーム戦。二つ目は、ペア戦である。後者は必ず学年の違う者と組まなければならず、しかも授業評価としては後者の方が重要だ。いくらSクラスとはいえ、生徒会の人間が無名の人間を指名するなんて前代未聞なのだ。
案の定、シキの顔は引き攣っている。
ここは親衛隊隊長である自分が口出しをした方がいいのかもしれないが、余計にこの場が収まらないだろう。俺が口出しができないとわかっていながら、これをやるのだから本当にこの副会長は性格が悪い。
きっと、シキが誘いに乗っても断っても、反感を買うだろう。くそ、折角俺が隊長になってやっと落ち着いてきた親衛隊がまた荒れる。
コイツは、そういうことを考えてシキに声を掛けているのだろうか?…考えて掛けているのだろうな、性格が悪いから。
「…えっと、なんで俺ですか?俺、多分先輩の足手まといになるだけのような気が……」
「大丈夫だよ!君だって立派なSクラスだろう?後輩を育てるのも生徒会の役目だからね」
いつにも増して、無駄に爽やかさを振り撒いている。シキはこの前この人のこれを「キラキラオーラ」 とかメルヘンな言い方で揶揄していたが、言いたいことはわかる。
これは…どう考えても嫌がらせだろう…南無弥…
かなりの間に、シキが相当悩んでいるという事がわかる。機嫌が悪い時にいつも眉間に深い深い皺がよるシキは、いつにも増して皺が深く、相当機嫌が悪いことがわかる。
「…わかりました…お願いします…」
シキが許諾した瞬間に、周りから悲鳴が上がった。
「よかった…!シキと恋人になってから交流がなかったから、どうしても一緒に授業を受けたくてさ…!」
その台詞に、周囲の空気が凍り付いた。
シキの顔には、『コイツいつ殴っていい?』と書いており、手に力が入りすぎてもう青くなっている。この様子からして、確実にこの性格の悪い王子様の嘘だということがわかった。
「ちょっと何言ってるかわからないんですけど、いつから俺達付き合ってるんでしょうか?」
「えぇっ!?酷いなあ…こんなに夜は仲睦まじくやっているというのに…」
ああ…シキの心の声が聞こえてくるようだ。
今頃『コイツ地獄の底に落としてやる』とか叫んでいるんだろうなあ…
「じゃあ、シキ!実戦の授業で会おうね!」
そう言って颯爽と一年の階から去っていた副会長の背中を見送った。俺は、シキの肩に手を置いて、「…お疲れ様」と声を掛ける。
「やだやだやだやだやだ」
教室で目と鼻から液体をだばだば流しつつ、やだやだと駄々をこね始めたシキに、クロとシノが慰めにかかる。「お菓子食うか?」「元気出せよ」なんて言っているが、シキは一向に泣き止まない。対五才児なんてしたことがない俺ら男子高校生は途方に暮れるばかりであった。
しばらくして落ち着いたシキが、「やだ」の次に発した言葉は、
「暗殺する時は、お前らに手伝ってもらうからな…」
だった。
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