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第2話:僕と上司とスカイツリー1
「待ってください! ポートフォリオだけでも見てください!」
会議室を出ていく面接官に追いすがり、作品集を押しつける。
僕は必死だった。
無理だと思っていた広告代理店から面接に呼ばれて、これが最大にして最後のチャンスだと思いつめていた。
それなのに面接官は作品も見ずに面接を打ち切り、立ち去ろうとしている。
分厚いファイルの角が体に当たり、面接官が嫌な顔をした。
「悪いけど、これが見る価値のあるものだとは思えない。自信のなさそうな顔をした人間は、自信のなさそうなものしか作れない。そんなものは売り物にならない。趣味でやってくれ」
一瞬前までは決死の覚悟だったのに、突きつけられた言葉の冷たさに怯んでしまった。
僕はこの春、美大のデザイン学科を卒業し、就職先を探している。
自分で言うのもなんだけどクラスでは優秀な方で、成績証明書に並ぶ記号は1番上のAプラスばかりだ。
ただ高校の時に大病を患い卒業に人より長くかかったせいで、就職活動では年齢がネックになっていた。
ほとんどの場合は書類選考で落とされて、学校でつちかった僕の自信はとっくの昔になくなってしまっていた。
22歳の新芽のような若者たちの中で、30に手が届きかけた僕の価値が一段落ちるのも分かる気はする。
だけど……。
顔で作品の価値を決められたらたまらない。
「1分だけでも見てください!」
怯んだ気持ちをもう一度奮い立たせ、面接官に詰め寄る。
「やめてくれ、君の1分と僕の1分は違うんだ!」
差しだすファイルを、面接官が払いのけた。
「――あっ!」
ファイルは僕の手から離れ、勢いよく床に叩きつけられる。
硬質な床とポリプロピレン製の表紙がぶつかり、廊下に大きな音を響かせた。
大切な作品を乱暴に扱われ、言葉をなくしてしまう。
目の前に立つ面接官はただ冷ややかな目で、ファイルを見下ろしていた。
(大手だろうとなんだろうと、ここの会社は駄目だ)
落胆とともに落としたものを拾おうとした時――。
「三木さん? どうかしたんですか」
この場の空気に似つかわしくない、軽やかな声が聞こえてきた。
見ると廊下の向こうから、人懐っこい笑みを浮かべた青年が歩いてくる。
年は30代半ばくらいだろうか。
Tシャツにジーンズといういかにもラフな格好はデザイン業界ならではな感じがする。
そしてそんな格好でもなんだかキマってみえるのは、彼がイケメンだからというよりおしゃれだからだろう。
いかつめなデザインの時計と指輪、それからジーンズの着こなしに、独特のセンスを感じた。
「いや、どうもしない」
面接官は気まずそうに、メガネを押し上げる。
「相楽(さがら)くんこそ、今日は打ち合わせか何かかな?」
「いえ。この前話した映画村のプロモーション、おたくに代わってうちがクリエイティブを担当することになったんで。今日はその引き継ぎ資料を受け取りに」
その言葉に、面接官の顔色が変わった。
「へえ。うちからクライアントをもぎ取るなんて、相楽くんもだいぶ大物になったね。しかしわざわざご足労いただかなくても、資料は送るなりなんなりできただろう」
余裕のある口ぶりだけれども、彼の表情には怒りのようなものがにじんでみえる。
「こっちの担当者の話も聞きたかったんです」
相楽と呼ばれた彼はそう返すと、こちらへ視線を向けた。
僕は慌てて会釈する。
「それで君は――」
彼の手が、床に落ちたままだった僕のポートフォリオを拾い上げた。
「荒川水樹(あらかわみずき)くん」
表紙に書かれた名前を読み上げ、彼はにこっと笑った。
「もしかして就活中? すごいね、イノベを受けるんだ?」
イノベとは今いるこの会社、電報堂イノベーションズのことだろう。
「でももう、落ちたみたいです」
どんな顔をしていいか分からずに、僕は引きつった顔のまま答えた。
何せ面接は自己紹介の1分で打ち切られ、帰るようにと言われてしまった。
後日郵送されてくるはずの結果を見るまでもない。
僕の言葉が非難じみて聞こえたのか、隣にいた面接官があからさまなため息をつく。
「受付でゲストバッチを返していって。うちはクライアント仕事を受ける会社なんだ、部外者にあまりウロウロされても困る」
彼は言い終わるなり回れ右し、革靴を鳴らして廊下の向こうへ消えていく。
ここにいること自体、彼にとって時間の無駄でしかないんだろう。
その事実に改めて打ちのめされる。
唇を噛み横を向くと、なんと相楽さんが去っていく面接官の背中に向かって中指を立てていた。
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