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軍神の死
彼はまるで化け物だった。
プロボクシングチャンピオン。戦績は全戦全勝全KO勝利。
もし、軍神というものが存在するのなら、彼のことを言うのだろう。
そんな彼が負ける瞬間を俺は試合会場でみた。高校3年生の春。親から誕生日プレゼントとして貰った、彼の防衛戦のチケットだった。
今思えば彼は、リングに上がるその瞬間から、自ら負けるためにリングに立っていたのだろう。
ゴングの直前、覇気も闘志もなにもない、抜け殻のような男がリングに立っていたのを覚えている。
そして、彼は負けるための試合を終え、表舞台から姿を消した。
彼はその瞬間、彼は彼ではなくなったのだ。
それから6年後、俺は彼と再開した。
「こんなオヤジ、よく指名したね」
小綺麗にしてはいるが、どこかくたびれた印象を受けるのは洗濯のりの効いてない皺の入ったワイシャツを着ているからだろうか。
「あなただから、指名したんです」
俺はあの試合のあと、大学を卒業し探偵事務所に就職した。もちろん、彼を探すためだ。
俺の軍神であり、青春の人である彼は出張ホストになっていた。
「へえ、俺のこと知ってんだ。まあいいや。ほら、時間もったいねえよ?」
ホテルの風呂場へ向かう彼の腕を掴み、引き止める。
「帰りましょう、あなたの居るべき場所に」
「俺と、セックスしてくれたら考えてやるよ」
彼は、あの時のリングの上と同じ顔をしていた。
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