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第10話

放課後――。 昨日の空き教室を覗くと、月形ほか4、5人がノートPCの前に群がっていた。 文芸部の部員は2人とのことだったから、それ以外は手伝いか野次馬みたいなものだろうか。 どうしてか、そこにいる全員が息を詰め、ノートPCの画面を見つめている。 「何やってんだ?」 異様な空気に戸惑いながら聞くと、月形が眼鏡を押し上げこっちを見た。 「16時きっかりに、ワンライのお題が発表される」 言われて時計を見ると、16時まで残り1分を回っていた。 月形曰く、16時に出されるお題に沿って、17時までの1時間でショートショートを書くらしい。 お題はインターネット上のシステムによって自動で選定、発表され、書かれた作品の発表もまたインターネットを通して行われる。 このイベントには、全国十数校の高校の文芸部が参加しており、作品の評価も参加者内での投票によって行われるそうだ。 「それ、評価が高いと何かいいことがあるのか?」 聞くと、月形が笑いながら首を横に振った。 「記録に残るだけだよ」 「つまり、賞金も賞品も何もない?」 「何もないけど、高校の部活動なんてそんなもんだろう」 そう言われると確かにそうだ。 何か残るとすればそれは狭い世界での名誉と、多少成長した自分くらいだ。 正直俺には、そんなもののために血眼になるやつらの気持ちがわからない。 この文芸部だけでなく、校庭にも体育館にも、今まさにそんなやつらがひしめきあっているわけだが。 「けど……」 俺の顔をまっすぐに見上げ、月形は続ける。 「お題が出たら絶対に、泉くんも書きたくなるよ」 「どうしてそんなことが言える?」 俺はノートPCの前に座る月形を見つめ返した。 「だって問題が出たら考えてしまうだろう。考えたら頭の中に空想が広がって、そうなれば、どうしたってそれを文章にしたくなる。僕らはそういう生き物だ」 (僕ら、か) それはどの範囲の人間を表わしているのだろうか。 文芸部に顔を出すような人間か、それとももっと広い範囲、たとえば人間一般のことなのか。 けど確かに、俺にも少なからずそんな傾向はあるような気がした。 真上に近づく掛け時計の長針を見て、俺までそわそわしてくる。 ここにいるやつらの熱気に、当てられてしまったのかもしれない。 そして長針が真上を通過したのと同時に、何人かが声を上げた。 「えっ、マニキュア?」 「なんだそれ、なんで高校のワンライでマニキュアなんだよ!」 出されたお題が予想外のものだったらしい。 「これ、男子校には不利だな……」 教室にいる面々が、途方に暮れたような顔を見合わせた。 そんな中、月形がさっと席を立つ。 「どこに行く? 月形くん」 上履きのラインの色からして3年らしい、もうひとりの文芸部員が聞いた。 「きっとコンビニに売ってる!」 きっかり1時間しか執筆時間はないのに、月形はコンビニまでマニキュアを買いに行くらしい。 彼は後ろも振り返らずに、教室を駆け出ていった。

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