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第一話

亮香はよく仕事のない日に遊びに外へ行ってしまう。おれが物心ついてからbegegnungに親達と住んでいたあの頃からずっと変わらない。いつも外に出て女物の香水と煙草の匂いをさせて帰ってくる。親達がbegegnungから離れて、若いヤツらがここを切り盛りするようになってもそれは変わらなかった。煙草は止めたらいいのに、そう俺が言っても俺は吸ってねーからいーのと返されて終わってしまう。副流煙の話はどう考えるんだろうか。大人は狡い。だから、おれは身近な子と恋をして過ごすんだと思っていた。だから、あんな出来事達が起きるだなんて思っていなかった。苦しくなるくらいの思いを抱えることになるなんて思ってもいなかった。 今月のシフトを見ながらおれはぼんやりと今日の授業を反芻していた。放課後家まで送って行ったゆきのことも考えながら、シフトをスケジュールに打ち込んだ。打ち込んだスケジュールには彼女であるゆきとのデートの日と付き合ってどのくらいかを示す数字がばらまかれている。マメな子だからなゆきは。そう思いつつ、おれは息苦しさと物足りなさを感じていた。馬鹿な話だよな。かわいい彼女がいてどこが不満なのだろうかおれは。 今日が店番の兄貴に今日非番の亮香の介抱を頼まれてしまった。どうせ今日も遊びに出るだろうし、酔っ払って帰ってくるから部屋まで連れてってくれと。なんでそんなことしなきゃならないんだと思いつつ、おれは何も言えない。兄貴に口ごたえは出来ないし、兄貴より年上の亮香になんてさらに何か言える立場ではない。 何度か三階の亮香の部屋を確認しに行って、それでも居ないから裏口で待つことにした。begegnungの表門はレストランのお客さん用だから。裏で待ちながら、ゆきとメッセージのやり取りをする。たわいもない話。それが楽しい訳でもないし、なんでおれはゆきと付き合い始めたのか。なんでだっけなぁと記憶を辿っているうちにタクシーが止まる。開いたドアからなかなか降りてこないお客に、おれは車をのぞき込む。亮香だ。料金を亮香の財布から払い、体を支えて車から引きずり出す。亮香は体格が良すぎなんだ。重い。本当に重い。今日も亮香は煙草と女物の香水の匂いがした。 三階まで引きずりあげて、部屋の前まで来たのに亮香は中に入らず廊下でうずくまる。まだ初夏にも、梅雨にもなっていないこの時期にこんな所で寝かす訳には行かない。兄貴におれが怒られる。なんで遊んでる方が怒られないのかは謎だ。兄貴と亮香は何かを共有してるらしい。昔の話とか。よくわかんないけど。 「こんな所で寝たら風邪ひくから」 おれは亮香に声をかける。共有キッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターを持ち出し蓋を開けてうつらうつらしようとする亮香に渡す。 「ちゃんと飲め」 亮香はぼーとしながら水を口に運ぶ。 「夏絃は厳しいよな」 「どこが?」 「お前の兄貴が待ってくれてる時は何も言わず部屋にぶち込まれる」 「俺のほーがやさしーじゃん」 「干渉してくるとこが厳しいんだよ」 「訳わかんねーよ」 起きたのかよくわからない。亮香は昔からおれを知っているが、おれの記憶はない。だから、実質ちょっと家族ぐるみで知り合いの年上の男なだけなんだ。なんでこんな酔っぱらいの対処を覚えなきゃならないんだ。 おれはこうはならない。 ペットボトルを握ったまま蓋もせず、目を閉じていたのでキャップを閉めてやった。そのまま部屋のベットまで連れていくことにした。おれ優しいと思う。身勝手な優しさはもしかしたら迷惑なのかもしれないけれど、おれはこうやってこいつを世話して満足するしかねぇ。 亮香の部屋は少し子供じみている。外で女遊びやクラブやお酒を嗜む以上にやる男の部屋のようではない。かと言って大人の部屋という感じでもない。まるでどこかで時を止めたかのように少しだけ子供じみている。そう、まるで俺と同い年ぐらいの奴らと同じような部屋をしている。よくわからない。 ベットのそばまで連れてきて、寝かしてやろうと思ったおれは亮香に体を掴まれ、布団に引きずり込まれた。何かを勘違いしているらしい。狭いシングルベットにおれは閉じ込められた。脇から前に手を回され、おれは本当に閉じ込められた。亮香の力には叶わない。何度か脱出を試みたが、諦めざるを得ないようだった。おれ、携帯どこやったっけ。わからないまま、亮香の部屋でおれは眠りに落ちた。

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