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その瞳に溺れる06

「結局買ってもらってしまって、すみません」 「別に、俺が買ってやりたくて買ってる」 「あの、荷物、自分で持ちます」 「あんたは黙って俺の隣を歩いていればいい」 「なんだか悪女になった気分です」 「……っ、どこが」  人に荷物を持たせるくらいで悪女になっていたら世の中は悪女だらけだ。そこら中に男に荷物持ちをさせている女はいる。あまりにも謙虚すぎて笑えてきた。しかしさすがに笑いすぎたのかこちらを見上げる顔が困ったように眉を寄せる。 「九竜さん、笑い過ぎですよ」 「あんたは面白くていいな」 「そんなこと言われたの初めてです。……あ」 「どうした?」  ふいに立ち止まった竜也に視線を落とせば少し先を見つめていた。そこにあるのはカントリー調の小さな間口の店。店の前には数人並んでいる。女性客しか見えないところを見るとカフェ、おそらくスイーツ系だろう。 「えっと、あの、甘いものはお好きですか?」 「コーヒーだけでいいのなら並んでもいい」 「ほ、ほんとですか! このお店いつもすごく混んでて、こんなに並んでる人が少ないの珍しいんです。まだ一度も入ったことがなくて」 「いいよ、行くか?」 「はいっ!」  瞳を輝かせた竜也はウキウキとスキップでもしそうな勢いで道路の向かいへ渡っていく。列に近づくと並んでいる女たちはそわそわとした様子で彼を振り返った。正直なところいまいる全員を並べても、男の竜也のほうがよっぽど綺麗で可愛い顔をしていると思う。  そんなことを考えながらゆっくりと近づいていけば余計に視線を集めたが、隣でメニューを見ながらご機嫌な調子で竜也があれこれと話しかけてくるので気にならなかった。  前に並んでいたのは四組ほどだったけれど、タイミングが良かったのか並んでいたのは大体二十分かかったかどうかくらいだ。 「まだ悩んでるのか?」 「どれもおいしそうですごく悩ましくて」 「いま食べたいものを選べばいいだろう。またいつでも来られる」 「んー、食事系のパンケーキも捨てがたいんですけど。やっぱりここはデザート系がいいですよね。この苺とベリーにします。すみません!」  ふいに竜也が手を上げて後ろを向くと間を置かず店員と視線が合う。それはいままで俺たちが注視されていたということだ。自分たちを除けば客はすべて女なので、外で並んでいた時同様にそちらからの視線も集まっている。  しかしそれに竜也はまったく気づいていないようだった。自分はちっともモテないんですよ、なんてあっけらかんと笑って言っていたのを思い出す。この男は女から向けられる視線に疎いのだ。  どれだけ視線を感じても気のせいだとスルーしてしまえるおかしな特技がある。いままで男相手からは実害があったようだが、女になにかされた経験はない。なので警戒心が薄い、薄すぎるくらいだ。  ここまでぼんやりとした天然系だとやっかみであれこれ言ってくる女はいないだろうと思うが、まったくいないとも限らないだろう。四六時中、傍にいることはできないのだから、男だろうが女だろうが、少しだけ周りに注意を払ってもらいたい。 「んーっ、おいしいっ! ふかふか、生クリームもすごいミルク感があって苺も甘い!」 「俺は見てるだけで胸焼けしそうだ」 「ここはすごく素材にこだわってるらしいんですよ。だからオープンから結構経ってるのにいつも大人気で」 「来られて良かったな」 「はいっ、ありがとうございます。もう永遠に食べられそう。ほらっ、これ、ベリーソースと食べるとおいしいんですよ! ……あっ」  よほど気分が上がっていたのかそのテンションのままに、クリームとソースたっぷりのパンケーキを差し向けられた。しかしそれにすぐさま気づいた竜也ははっとして動きを止める。じっとその様子を見つめていればじわじわと顔が赤く染まり始めて、慌てたように手を引こうとした。 「ごめんなさ、い……えっ?」  引き戻されそうになった手を掴んで引き寄せる。それにビクリと肩が跳ねるがそのまま口元まで引き寄せた。口に含んだそれは想像通りに甘くて、舌と口の中に甘さが広がる。  急に大人しくなった竜也の反応を見るためにちらりと視線を持ち上げると、白い肌が首筋まで真っ赤に染まっていた。

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