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その瞳に溺れる16

「俺はいまあんた以外、竜也以外に欲しいものはないぞ」 「んふふ、嬉しいです。ずっと傍にいさせてくださいね」 「あんたが逃げ出したくなっても逃がさない」 「自分も、九竜さんが嫌気をさしても離れてあげません」 「じゃあ、早いうちにここへ来い。ここで俺が大事に囲ってやる」 「九竜さんのためならずっと籠の鳥でもいいです」  やはりそう答える、想像通り健気な男だ。けれど不自由に繋いで閉じ込めてはおきたくない。純白の翼は広く伸ばして羽ばたいているくらいが丁度いい。 「あんたは自由に生きて笑っていろ。俺はそれを傍で眺めているほうがいい。どこへだって連れて行ってやる。いくらでも望んで我がままを言え」 「九竜さんは優しい」 「その代わりあんたのすべては俺のものだ。そして俺のすべてはあんたのものだ」 「幸せすぎて、どうし、よう。……あっ、んんっ」  ほろほろと涙をこぼす顔に唇を寄せてしなやかな身体を揺さぶった。背中に回された腕に抱き込まれて繋がりが深くなる、それだけでも胸が熱くなる。一生分の想いをこの男に捧げてもいいとさえ思う。  手放さないでいるためにどんなものを失っても構わないと思える。溺れるような盲目的な愛。いつか自分が駄目になりそうな気もするが、それでもこの手に抱いたものに代わりはない。 「ご、ごめんな、さいっ、もう、駄目っ」 「仕方ないな。今日はこれで許してやる」 「ぁっ、あっ、ああっ」  瞳が見開かれて喉がさらけ出される。きつくしがみつかれて爪を立てられた。けれど腕に浮かび上がった赤い筋だけでも愛おしさが増した。離すまいと必死になるそれが可愛くて追い詰めるように貪ってしまう。  痙攣するように身体をヒクつかせて果てた竜也はくたりとベッドに沈む。さすがに限界を訴えていただけあって深く落ちてしまったようだ。頬に残る涙のあと拭って髪を梳いてもぴくりとも反応を示さない。 「こうして他人がここにいるのは、やはり不思議な感覚だな」  広いこのベッドで誰かを抱いたのは初めてだ。一人で寝るためだけにそんな広さは必要なのかと言われたことはあるが、狭苦しいベッドで寝るよりはマシだろう。それでも竜也の部屋にある小さなベッドで抱き合って眠るのも悪くない。  ここに住まわせていつでも傍にいられるようにするのもいいが、正直言えばあの部屋での時間がなくなるのが惜しくもある。あの部屋の香りと自分とは違う生活感を漂わせる空間。それだけでも気持ちが高まるものがある。  しかし傍に置いておきたい気持ちが強い。目の届かないところに置いておくのは心配でならない。これは自分の独占欲から来るものなのは間違いないだろう。 「早めに引っ越しの日取りを決めさせるか」 「く、りゅう、さん」 「ん? 起こしたか?」  あどけない寝顔に唇を寄せるとまつげが震えた。そして長いまつげが瞬くとゆっくりと視線が持ち上がる。涙の膜が張るぼんやりとした瞳。それでもまっすぐと見つめてくるその眼差しに、もう一度惹き寄せられるように唇を重ねる。 「眠ってていいぞ」 「傍に、いてください」 「甘えただな。あとでシャワーを浴びよう」 「……はい」  縋るように見つめてくる瞳にことさら弱い。隣に横たわり、毛布を引き寄せて髪を梳く。じっとこちらを見る瞳はなにを考えているのか、そらされることなくまっすぐだ。しばらくそれを見つめていたらふっと視線が和らいでなぜか小さく笑った。  その変化に驚けば、伸びてきた手が頬を撫でる。形を確かめるみたいに触れて、頬を滑り落ちると唇をなぞり、それに気づくと近づいてきた唇がやんわりと触れた。ついばむ程度の小さなバードキス。拙いそれがなによりも愛おしいと感じる。 「いつも目が覚めたら夢だったらどうしようって思うんです」 「夢物語にしてくれるなといつも言ってるだろう」 「だって九竜さんですよ。こんな素敵な人が自分の傍にいてくれるなんて、夢みたいでしょう?」 「それを言うなら俺だってそうだ。あんたがいつこの腕の中からすり抜けていなくなるかと思って気が気じゃない。俺にとってあんたはすべてが初めての存在だ」 「特別ってことですか?」 「ああ、そうだ」  これ以上に特別なものなんて現れないだろうと思う。いままでの自分をすべて覆していく、そんな存在。そしてこれほどまでに人を愛おしく思ったこともない。血の繋がりのある親や姉弟でさえそこまでの想いを抱いたことはないだろう。 「俺は竜也さえ手に入ればほかに欲しいものはないな」 「自分はとっても幸せ者ですね」 「いまはあんたが俺のすべてだ」 「んふふ、ありがとうございます」  すり寄るぬくもりを抱き寄せて腕の中に閉じ込める。感極まったように涙を浮かべた瞳に映る自分の姿、それだけで胸が熱く高鳴っていく。翼を折らずに抱きしめるのに少しばかり苦労するだろうが、それでもこの愛おしい男を手放すことはできないだろう。 その瞳に溺れる/end

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