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君という光12

冴香はちょっと呆れ顔でこちらに来ると、屈み込んで顔を覗き込んできた。 「悪酔い、してない?」 「大丈夫だ。ほら、本当にちょっと舐めていただけだから」 冴香はホッとしたように微笑んで 「今日が何の日か、あなた忘れてるでしょ」 「覚えていたよ、君の方が忘れているんだと思ってた。あれは、君の仕業かい?」 そう言って、ダイニングテーブルの方を指差すと、冴香は振り返ってそちらを見る。 「今朝、戻って来てドアの前に置いただろう?」 「……ふふ。すぐに、私からだって、分かったの?」 冴香は後ろを向いたまま首を竦めた。 「そりゃあ、分かるよ。今日が俺たちの結婚記念日だと知っていて、わざわざ薔薇の花束を届けてくれる相手なんか、他に心当たりはないからな」 「そう。そうよね」 冴香はくるっとこちらに振り返ってにっこり笑うと 「お帰りのキスがまだだけど?」 悪戯っぽく笑う冴香を、薫は立ち上がって抱き寄せた。 「お帰り、奥さん。お疲れさま」 囁いて、頬に軽くキスをする。 「ただいま」 「夕飯、今から作るのはキツいだろう。またあのスペイン料理の店に行ってみるかい?」 冴香は首を傾げて 「そうね。おつまみ作ろうかな…って思ってたけど……せっかくだから甘えちゃおうかしら」 「よし。じゃ、着替えてくるよ」 薫は冴香の頬にもう一度キスをすると、リビングから出た。 「今日は一日、何してたの?」 予約しておいたパエリアの大きな鍋が運ばれてくると、薫はサーバースプーンで冴香の取り皿にサフランライスを取り分けながら 「いつもと変わらないよ。ああ、そうだ。例の展示会を見てきたんだ。その後、図書館で調べ物をして美術館にもね」 「相変わらず、仕事熱心ね」 サフランライスの上に別皿によけておいた具材をひと通り盛り付け直してから、冴香に差し出した。 「ありがとう」 「うん。美味そうだ」 薫は自分の分も取り分けると、冴香に目配せしてから食べ始めた。 ここのシェフいちおしのパエリアは、来店前に人数分を電話で予約しておくと、出来たての本格的なものが食べられる。 半年ほど前にマンションの近くにオープンしたばかりだが、冴香の誕生日に一度来てから気に入って、たまにこうして夫婦で遅い夕食をとりにきていた。 「仕事熱心なのは君の方だろ、奥さん。前に言っていた新しい事務所の件はどうなったんだい?」 冴香は、大きな海老の殻をナイフとフォークで器用に剥きながら首を竦めて 「あれはやめたわ。美味しい話には何か裏があるのよ。前に引き抜かれた人に話を聞いたの。断って正解だった」 「そうか。まあ、君は有能だからね。まだまだこれからチャンスもあるさ」

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