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君という光14
薫は冴香の目をじっと見つめた。
冴香は穏やかに微笑んでいる。その眼差しに、特別な感情は見つからない。
「その話題はやめておこう。今日は俺たちの結婚記念日だからね」
「ね、薫。そんな頑なにならないで。彼のことは結婚を決める前に、2人で充分に話し合ったでしょう?」
そうだ。冴香とはもうさんざん話し合ったのだ。樹のことは。
そして自分は、冴香との結婚を決めた。お互いにわだかまりは持たないという約束で。
薫は知らず強ばってしまっていた頬をゆるめ、ぎこちなく微笑んだ。
「ごめん。久しぶりにその名前が出てきたからね。ちょっと身構えてしまった」
冴香も柔らかく微笑んで
「うん。分かってる。あなたすごーく緊張した顔するんだもの。でもね、避けるべきじゃないわ、私たちの間であの子の話題は。お互いに納得して結婚したんだもの。そうでしょ?」
冴香の言う通りだ。避けるということは、意識し過ぎているということなのだ。
自分がさっき、咄嗟に自然に振る舞えなかったのは、牧から聞いた話とあの電話のせいだ。
薫はふう……っとため息をついて
「相変わらず、樹から連絡は来ていないよ。ただ、今日の昼間、牧先輩の店に行ったんだ。そこで久しぶりに樹の話を聞いた」
冴香の顔から微笑みが消える。
「牧先輩が?」
「ああ。1ヶ月ほど前にね、先輩の店に樹がひょっこり顔を出したらしい」
冴香は目を見張って
「樹くん本人が?あの店に?」
「ああ。俺もそれを聞いて驚いたよ」
冴香は目を伏せ、デザートスプーンを手に取ると、この店特製のプディングをすくって口に入れた。
「それで、元気そうだったのかしら」
「ああ。だいぶ雰囲気が変わっていたらしいけどね」
「そう。連絡先は教えてもらった?」
「いや。樹は答えなかったそうだ」
冴香がちらっと目をあげた。
「あなたは……会いたい?樹くんに」
薫は自分の分のプディングに視線を落とした。
「そうだな……会いたくないと言ったら嘘になるかな。昼間はそれで随分動揺していたよ。あの子に、俺は酷いことをしたからね。もう一度会って謝りたいと思ったんだ」
「仕方ないことだわ。あの子の出生のことは、お互いに不幸だっただけよ」
薫はスプーンでプディングを少しだけすくうと
「家に帰ってからも落ち着かなかったんだ。だが……気持ちが変わった。今さら樹に会う資格はないよ、俺は。会えばまた傷つけてしまう。そういうのは……もう懲り懲りなんだ」
「それは、本心?ね、薫。私にだけはほんとのこと、教えてね」
「本心だ。俺は樹に別れを告げて、君との人生を選んだ」
薫はすくったプディングを口に入れた。甘いだけでなくそれは、ほろ苦い味がした。
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