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溢れて止まらない1

月城に説得されて病室に戻り、カーテンの引かれた2人だけの空間で、樹は薫の寝顔を見つめていた。 まだ、心は揺れている。 薫が目を覚ます前に、消えてしまいたい。 会いたくて会いたくて、アメリカで何度も夢を見た。 薫と過ごした時間の全ては、まるで昨日のことのように、どの瞬間も鮮明に思い出せる。 離れて生きている間、苦しさも絶望も、ただひたすら薫と過ごした時間の記憶を思い起こすことで、何とか耐えてきたのだ。 いっそ狂ってしまえたらいいのに…。 そう思ったことは何度もあった。 何をさせられても、身体は慣れた。 でも心はずっと死んでいた。 疲れ果てて束の間の睡眠を貪る時だけが、薫の夢を見ている時だけが、ただただ幸せだった。 ……にいさん……。 7年ぶりに再会した薫は、当然その分だけ歳を重ねていたが、初めて会った時から心惹かれた男らしくて整った顔立ちも、優しい眼差しも変わっていなかった。むしろあの頃よりも青っぽいキツさが抜けて、深みのある柔和な顔つきになっていたから、顔を見た瞬間、ドキドキが止まらなくなった。 あの包み込むような優しい眼差しも心を震わす暖かい美声も、もう自分ではない人に向けられるべきものだと分かっていても、込み上げてくる愛しさを恋しさを、消し去ることは出来なかった。 会う度に、自分は薫に恋をしてしまう。 こんなにも、好きなのだと思い知る。 ……にいさん……。好き……。 鼻の奥が、ツンとする。 巧叔父に連れられてアメリカに渡ってすぐ、聞かされた自分の出生の秘密。 自分にあんなにも優しくしてくれて、誰からももらったことのない幸せをくれた薫にとって、自分は存在してはいけない罪の子だったのだと知った。 薫と、半分血の繋がった兄弟だった。そのことよりも、自分が薫の大切な母親を苦しめた父の愛人の子どもだったことが衝撃だった。 薫は自分に別れを告げたあの時に、そのことを知らされたらしい。 自分より先にその事実を知った兄は、どれほど苦しんだだろう。 薫からもらった無償の温かい愛情を、いつか恩返し出来る自分になりたいと願っていたのに、自分は生きているだけで兄を苦しめてしまうのだ。 でもその事実を知って、樹はようやくまだ心の奥で燻っていた未練を諦めることが出来た。薫にはもう二度と会わない。 彼とはもう関わるべきではない。 相応しくありたい想いは、自分を罰する気持ちへと変わった。

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