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溢れて止まらない19

……まったく……何やってるんだ、俺は。 樹の後ろ姿を見送って、薫は再び大きなため息をついた。 ……これではどっちが兄だか分からないな。 樹が見せてくれる、昔よりも柔らかい大人びた笑顔にドキッとしてしまう。あの大きな瞳でじっと見つめられると、眩しくて仕方ない。 さっき独りで悶々として、ようやく決意した心が、呆気なく弱くなる。 少し病院を出ると言われただけで、もう会えなくなるのではないかと不安になる。 それが、うっかりそのまま言葉になった。 樹は驚いていた。 当たり前だ。まるで行くなと縋り付くような心細い声が零れ落ちてしまったのだから。 樹と会えなくなって、酒に溺れた。 自覚していたよりも自分は精神的に弱いのだと、思い知らされた。 酔いに逃げなければ、樹を失った自分の愚かさに耐えることが出来なかった。 情けないな…と、自分でも思う。 その上、そんな情けない自分に寄り添って立ち直らせてくれた冴香に対しても、中途半端な覚悟しか出来ていなかった。 惹かれていく。引き寄せられる。 封じ込めたはずの愛しさが、どうしようもなく溢れて止まらない。 心が裂ける。真っ二つに。 何処にも行けないこの恋に、どうしても終止符が打てない。 「よせ……。やめてくれ……」 恋が理屈で出来るものならば、最初から恋なんかしない。苦しい。息が、詰まる。 ……いつか……忘れられる日が来るのだろうか。 兄として、心穏やかに弟の樹を見守る日が来るのだろうか。 月城に出掛けると断って廊下に出ると、樹は壁にもたれかかって、大きく息を吐き出した。 兄との距離が近い。 こんなにも近くなれる日が再び来るなんて。 さっきはビックリした。 いつも穏やかで頼もしかった兄が、もう行くのか?と縋るような声をあげた。 あんな不安そうな心細そうな薫の表情や声は初めてだ。 不安なのだ。 当たり前だ。 真っ当に生きてきた薫が、怪しげな連中に拉致されて麻薬まで打たれたのだ。 動揺していたっておかしくない。 光の中で生きてきた兄と、闇の中で生きてきた自分の差を思い知らされた気がする。 ……にいさんに、もう2度とあんな思いはさせない。 だからこそ、不安そうな兄をなだめ、後ろ髪引かれる思いで病室を出た。 朝霧の義父に頼るつもりでいたが、自分でも出来る限りの手をうっておかなければ。 会えば愛しさは募る。 分かっていたから、あえて距離を置いていた。それが今、なし崩しになっている。 惹かれていく。引き寄せられる。 封じ込めたはずの愛しさが、どうしようもなく溢れて止まらない。 だが、自分ではダメなのだ。 薫を幸せに出来ない。 彼を自分の闇に引き寄せてはいけない。 これ以上近寄れば、自分は兄に一番望まないことをしてしまうだろう。 「にいさん……」 薫と最後に睦みあった温泉の夜の情景に、思いを馳せる。 あれは美しくて満ち足りたひとときの儚い夢だった。 あの愛おしい思い出さえあれば、自分はこれからも何とか生きていける。

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