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月の光・星の光2
樹は一瞬怯んで目を瞑りそうになるのを、必死に堪えた。
何をされるのも慣れきってはいるが、キスだけは心底嫌だった。相手の毒が息と共に身体の中に吹き込まれる。内側から腐っていくような気がするのだ。
でも、あくまで強気の姿勢は崩さない。こういう相手への交渉事はハッタリが肝心だった。
煙草の匂いのするキスに平然と応える。
揶揄うように侵入してきた舌を自ら絡め取って、男の劣情を煽るように舌先で扱く。
こういうテクニックは10代の頃に徹底的に仕込まれた。自分を性の玩具としてしか扱ってくれなかった下劣な大人たちに。
何故、自分のような子どもに、あいつらが異常に興奮し執着するのか、あの頃はまったく理解出来なかったが。
久我の手が腰に伸びていやらしくまさぐり始めた。長いシャツの裾をまくりあげ、指が直接肌に触れる。背骨の窪みを辿りながら、下へと滑り落ちていく。
「…っぁ」
尻の割れ目をゴツゴツした指がなぞる。樹は微かに喘ぎ、身体をぴくんっと震わせた。徹底的に仕込まれた身体なのだ。忌まわしいほど感じやすい。心は置き去りにしたまま、男の手馴れた愛撫に身体の芯の熱が灯る。
「ふん……。なるほど。あの方が何故それほどおまえに執着するのか、わかるな」
久我は唐突に唇を外すと、下卑た笑みを浮かべて囁いた。
樹は薄く開いた目をとろりと相手に向ける。今、自分がどんな表情をしているのか嫌というほど知っていた。
男たちの欲情を唆る娼婦の顔だ。
滴る蜜をたずさえてこの隠微な眼差しを向ければ、男たちは劣情に股間をふくらませ理性を飛ばす。
斜に構えてこちらを値踏みしていた久我の目にも、彼らと同じ薄汚れた色が宿っていた。
「いいだろう。ご褒美をやるぜ、お嬢ちゃん」
久我は指先を下着の中へと突っ込んで、窄まりの手前を擦り上げている。
樹は眉をせつなげに寄せて、わざと甘い吐息を漏らした。
久我は少し荒くなった呼吸を整えると、樹の身体から手を離す。
「これを見ればいいのか?」
樹はとろんとした目でこくんと頷いた。
気乗り薄な表情でファイルの中身を確認している久我の表情が、不意に変わった。
眉をしかめ、食い入るように書類の文字を辿っていく。
当然だ。苦労してこいつが食いつきやすいネタを手に入れてきたのだから。
「蒼葉会の連中が既に動いてます」
頃合を見計らって呟くと、久我は書類から目をあげて、鋭く睨んできた。
「このネタをどこで手に入れた」
「情報ソースは明かせません。お察しください」
久我は不満そうに顔をしかめ、再び書類に視線を落とした。
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