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月の光・星の光37
衝立の向こうへ行ってしまった樹を、和臣は慌てて追いかけた。
壁も天井も白一色のここは、無機質で、なんだかやけに静かすぎて不気味だ。人の生活臭がまったくない。
衝立の奥はさっきと同じぐらいの広さで、奥の壁際には、このスペースにちょっと不釣り合いなほど大きなベッドがあった。ベッドの掛け布団は捲られていて、シーツも乱れていて、ここに直前まで誰かが寝ていたのだとわかる。
和臣は喉がカラカラになってきて、ゴクッと唾を飲み込んだ。
……ここに……あいつが……。
最後にあの男と会ってから、もう何年経つのだろう。最初の頃は、あの男が笑いながら迫ってくる夢を見ては、夜中に何度も飛び起きた。もう今では、顔もハッキリ思い出せなくなっていたが。
「和臣くん……?」
「あ……うん」
樹に促され、蘇ってきた嫌な記憶を頭の隅に無理やり押しやると、和臣はテラスに出るドアの方に向かった。
木々の隙間から柔らかい陽光が射し込んでいる。中庭はそれほど広くはないが、隣のスペースとは高い生垣で遮蔽されて、居心地の良さそうな空間になっていた。
「いらっしゃい」
庭の真ん中に大きな車椅子がある。その横に付き添っている男が、くるっとこちらを振り向いた。
「お邪魔します」
挨拶する樹の後ろからその男の顔を見た瞬間、和臣は唖然として息を飲んだ。
意外だったのだ。こんな所にいるなんて。
「……月城……さん……?」
「やあ、和臣くん。昨夜はよく眠れたかい?」
微笑んで穏やかにそう言う月城は、いつもと変わらないように見える。だが、彼と自分の間には、妙に緊張した空気が漂っているような気がした。
「あんたが……なんで……ここに、」
掠れた和臣の言葉に、月城は少し意外そうな顔になり樹の方を見て
「来る途中、何も話してないのかい?」
「うん。余計な先入観、ない方がいいから」
「そうか……」
月城は、介助用の車椅子から手を離すと、和臣の方に真っ直ぐ向き直り手招きをする。
「おいで、和臣くん」
車椅子は完全に後ろ向きで、高い背もたれが邪魔していて、乗っている人物はまったく見えない。
和臣は、すくみそうになる足をぎこちなく前に出した。
……ばか。ビビってんなよ。しっかりしろって。
竦み上がる自分の心に舌打ちをして、和臣はわざと大股で月城の方に歩み寄る。
こんな仕組まれた茶番みたいな雰囲気に、呑まれたくない。
あの男がどんな表情で自分を見ようと、どんな嫌な言葉を投げかけられようと、臆する必要などないのだ。もうあれは、全て過去のことなのだから。毅然としていればいい。
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