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Saturday
<コンコン・コンコンコン>
休憩室のドアを丁寧にノックするような相手に心当たりはない。隆俊は缶コーヒーをテーブルに置いた。
「カギはかかっていない。開いてるよ」
ドアが開かれ見覚えのない顔に隆俊の眉間にしわが寄る。支援センターの人間にしては圧力があるし視線が鋭い。
「滝田隆俊だな」
「あの、どちら様ですか?」
言葉は丁寧を装っているが、不愉快であることを隠そうともしない隆俊の口調にも男達は動じなかった。二人揃って胸元から取り出したのは警察手帳。隆俊は何も言う事が思い浮かばずドラマでしか見たことのない手帳を見詰めた。
「滝田弓枝に聞きたいことがある。最後に会ったのはいつだ」
隆俊は自分に自信があるように振る舞うのが常だ。それは用心深く自分を守るための鎧。身を守るため常に周囲と自分の状態を照らし合わせるのは大事なことだ。いつヒート状態になるかわからないし、ストレスは簡単に引き金になる。
「念の為に本物の警察か確かめたいのですが」
「ああ?」
「簡単に信用して痛い目をみるのは嫌なので」
男は自分の名前と所轄の電話番号を吐き捨てるように言葉にした。言われた番号に電話をして二人の身元を確認する。二人はまさしく本物の刑事――厄介事の訪問。
「質問に答えてもらおうか」
「一か月前に電話で話ました。母が何かしたんですか?」
刑事にギロリと睨まれる。
「わかりました!電話は3日前。出張で1週間ほど留守にすると言っていました。勤務先に確認してください」
「勿論したさ。出張は大嘘。おまけに会社を辞めている」
隆俊は自分の耳を疑った。辞めた?仕事を?
「バカみたいに仕事していたのに?朝早くに家を出て帰ってくるのは夜中。俺は小さい頃からコンビニが命綱でしたよ。子供を二の次にするような大事な仕事を辞めた?」
刑事はバカにしたように薄く微笑んでみせた。
「その熱心な仕事ってのは午前中5時間だけの仕分け作業のことか?」
「は?仕分け?俺みたいな種別ならしょうが……」
隆俊は普段絶対に言わない自分の種別を明かしてしまった。動揺したために口を滑らせる羽目になるとは。
「お前がΩだろうが何だろうが知った事じゃない。その種別のせいでΩ支援センターが振分けた仕事をしていることも俺にとってはどうでもいいことだ。滝田弓枝の居所が知りたい。そ、れ、だ、け、だ!」
こういう扱いを受けることには慣れているつもりだが、やはり気持ちのいいものではない。聞き込みをしているような刑事ならオリジンではないだろう。せいぜいα程度だ。
「母がどういう仕事をしていたのか知りませんが、熱心にしていたのは警察に目を付けられることだったんでしょうね。俺は何も知りません。15歳で家を出てから母親にはあまり会っていません」
「滝田弓枝から電話は?」
「3日前が最後です。通話記録で確認してくださいよ」
「連絡があったらすぐに知らせろ。隠しても無駄だからな」
アパートに張り込みがつくだろうか。面倒に巻き込まれるのは勘弁してほしい。
「携帯をよこせ」
「え?嫌です」
「よこせ!」
隆俊はしぶしぶ椅子にかけてあった作業服のポケットから携帯を出す。刑事が乱暴にもぎ取り、二つの携帯を両手で操作した。
「アプリを仕込んだ。四六時中見張っているからな。捨てればそれもすぐわかる。そんなことしてみろ。参考人でしょっ引くからな。脅しじゃないぞ」
渡された携帯を無言で受け取り隆俊は腹の中で毒づいた。警察に追われるようなことをした女の息子だから?Ωだから?刑事の高圧的な態度にウンザリする。
貴重な休憩時間が終わってしまう。隆俊はため息をついて缶コーヒーを中身が入ったままごみ箱に放り込んだ。
「邪魔したな」と刑事がドアを開けたとたん火災報知器のつんざくような非常ベルが建物に鳴り響いた。
「トキさん!隣のオフィスから煙が!」
「なんだと?」
廊下に白い煙が漂っているのが隆俊にも見えた。火災報知器の誤作動ではなく本当の火事。
「くそっ!119に電話しろ!」
もう一人の刑事は「火事です!」と叫びながらフロアの廊下を走り回っている。月曜の朝9:00過ぎ。始まったばかりの就業時間をスタートさせるべく多くの会社員がオフィスにいた。瞬く間にどんどんフロアに人があふれ出す。「エレベーターはダメだ!階段から降りて!」パニックに陥った群衆に声を張り上げているが、刑事の誘導に従わず誰もが我先に地面に降り立とうと蠢いている。煙は量を増し多くの人間が咳き込んでいた。
「トキさん!避難しないと!」
「くそっ!」
刑事に腕を掴まれたが押し寄せる人の波によって切り離される。「逃げるなよ!」と言葉を残し刑事は人の波にのまれ見えなくなった。
人の流れに逆らうことはできず階段の方に押し出される。将棋倒しになったら死人がでそうな状況だ。その時隆俊の右腕が掴まれた。
「そのまま前を向いてこっちを見るな。携帯はどこだ」
「……ポケット」
「プリペイドか公衆電話からここに電話をすること。死にたくなければ指示に従え」
掴まれていた腕が離されボトムのポケットから携帯が抜かれたあと何かねじ込まれた。
「下手なことを考えるな。君に勝ち目はない」
階段に押し出されたせいであるはずの床が消え不安定な段差に身を置いた隆俊は必死に手すりを掴んだ。色々考えなくてはならないが今はこのビルから出なければならない。
隆俊は手すりと段差を捉えることに集中した。
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