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第6話

 思いの外、赤松との飲みは心地よかった。  その後もたまに電話が掛かってきたり、こちらが電話を掛けたりしては飲みに行くような仲になった。  赤松との時間は真也にとって異色な時間だった。  ひとまわり以上歳の離れた友人──というほど親密でもなく、かと言って職場の上司たちと年齢的には近いものがあるが、そこまで気を使うこともなく素でいられる。  この関係をどう表現すれば──と思うと、やはり一番しっくりくる言葉はちょっとした知り合いという感じになってしまう。  今週末は店のセールで、普段週末休みの真也も松木店のセールのヘルプに借り出されていた。  一日店内の巡回や、駐車場の整備、接客などで動きまわった身体は疲弊し、その身体と胃がバランスの良い栄養食を求めているのを自覚し、仕事帰りに“くろかわ”に顔を出した。 「ちーっす」  格子戸を開け店に入ると店主の黒川が顔を上げて微笑んだ。と、同時にカウンター席に座る見覚えのある小さな後ろ姿がこちらを振り返った。 「久々っすね、青野さん! 今日居る気がしましたよ」 「わぁ! 灰原くん久しぶり! 隣、座る?」 「あ。どもです」  日南子が促した隣の席にスーツのネクタイを緩めながら腰掛けると、それを見ていた彼女が微笑んだ。 「スーツってことはー。今日灰原くんも出てた?」 「あー、松木店のヘルプに。クッソ忙しかったですよ」 「あはは。今日、松木売上一位だったもんねー? お疲れさま」  ポンポンと日南子が労いの意味で真也の肩に触れた。  真也には、こういうことをされて嫌悪感を覚える女とそうでない女がいる。日南子の場合は後者だ。  恋愛対象にならないからといって、女が嫌いかと言えばそうではない。可愛い女の子を見れば普通に可愛いという感情は湧くし、その逆も然り。  真也にとって日南子は入社当初から面倒をみてくれた良き先輩であり、好意をもてる女性。見た目は派手ではないが控えめな可愛らしさと女性らしい柔らかな優しさ、決して計算ではない天然なところを真也も気に入っている。 「お。珍しい組み合わせで」  ちょうど後を追うように店に入って来た赤松が日南子と真也を見比べて言った。 「赤松さん、こんばんは」 「どもっす」  それぞれ赤松に挨拶をすると、彼がごく当たり前のように自分たちの隣に座ったのを見て、黒川が呆れたような顔をした。 「……おまえなぁ、普通席空けるだろ」 「は? いいじゃん。知らん仲でもないんだし。なぁ?」  そう訊ねられて真也が曖昧な笑いを返したのは、その考えがこの男らしいと思ったからだ。赤松は基本人との距離が近い。たぶん誰に対してもそうなのだろうが、それを嫌だと思わないのはやはりこの人懐こい人柄のせいか。 「青ちゃん、かなり久しぶりだよなー?」  間に真也が居る事も気にせず、赤松が日南子に話し掛ける。 「はい。前にお酒ご一緒させてもらって以来ですよね?」 「あん時、ここ泊まったんだって? 黒川に何かされなかったー?」 「……えっ?」  隣の日南子が大袈裟に驚いた。 「何その反応。……もしかして」 「……ち、違いますっ!!」 「んなわきゃねーだろ!!」  日南子と黒川が同時に否定した。──が、日南子の慌てようから察するにどうやら泊まったという事は事実のようだ。  どちらかと言えば男慣れしていない奥手な日南子が、図らずも男の家に泊まったという事実は真也にとってもなかなかに興味深いことだった。  そこでさらにバイトの大学生も興味深々と言うように話に加わって来ると、日南子がますます慌てる様子がなんだか可愛らしく、益々その先が気になった。 「……あのっ、違うんです違うんです!! 赤松さんが言うように、私ここで酔いつぶれちゃって! 見かねた巽さんが仕方なく泊めてくれたってだけで……」  弁解するように慌てて経緯を説明した日南子に、黒川がフォローを入れる。 「おまえなぁ……変に誤解生むような言い方すんなよ。青ちゃん泣きそうになってんじゃねぇか」 「え、あ。いや、そのっ……」 「あはは。ごめんごめん、青ちゃん! 俺がからかいたかったのコッチだから」  赤松が黒川を指差しながら悪びれもせず言った。  その言葉に嘘はないのだろう。普段から赤松は黒川をやたら構い、からかいたがる節があるのを真也もそれを何度か目撃して知っている。  何というか、たぶん長いことこういった関係性が続いているのだろう。そのやり取りはとても自然で、赤松のからかいも黒川がそれを理解して受け流しているように見えるからだ。  それから三十分ほどカウンターを陣取る形で皆思い思いに飲んだ。  赤松の喋りに黒川が呆れながらも突っ込みを入れ、日南子と真也が笑う。ここにいる時間が心地よいと感じるのは、店主の黒川やここに集まる人の人柄の温かさも大きな要因だという気がする。  閉店時間を過ぎ、バイトの学生が賄いを食べ終わるとすぐ店を後にしたのに続き、真也も 「じゃあ、俺もそろそろ」  と言って腰を上げると「あ。私も」と隣に座っていた日南子も時間を気にして席を立った。  会計を済ませ店を出たところで黒川が出口付近まで追いかけて来たのを日南子が手で制した。 「巽さん。今日は大丈夫です。すぐそこまで灰原くんと一緒なんで……」 「──そうか。そうだな」  巽が頭を掻きながら頷いた。  このやり取りで普段黒川が日南子を自宅近くまで送ってやっているのだということが分かる。  ここ数カ月の間、市内の至るところに出没していた若い女性をつけ狙っていた連続暴行犯がこの近辺にも出没していると聞いた。黒川がそれを警戒して日南子を送るのは当然のような気がする。

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