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第20話

 そうして慌ただしい年末が過ぎ去り、迎えた新たな年。  年が明けたからと言って劇的に何かが変化する事もなく、ほんの数日の年末年始の非日常感を過ぎた後、当たり前のように戻って来る日常。  赤松との関係も、以前とほぼ変わらず──というよりさらに遠慮のないものに。  あれから赤松が不自然に真也を避けるような事はなくなり、誘いの頻度も以前のように、いやそれ以上に増えた。  年明けから二週間。今夜も赤松から誘いがあり、例のごとく“くろかわ”で待ち合わせ。  仕事帰りに“くろかわ”に顔を出すと、すでにカウンターで飲んでいた赤松が 「おう。迎え御苦労!」  と片手を上げたのを見て、真也は、はぁと小さく溜息をつく。 「何言ってんすか。飯奢ってくれるっつーから来てやっただけです」 「灰原くん。隣でいい? 迎えってことは車?」  黒川が訊ねた。 「そうなんです。今日車なんすよ……」 「じゃあ。仕方ないな」 「普通にウーロン茶貰えますか」  そう答えると、黒川が真也に熱々のおしぼりを手渡した。 「かわいそうに、灰原くん。こんなのに付き合わされて」  少し同情気味に言った黒川を赤松が睨む。 「違うからな、黒川。こっちが懐いて来てんの!」 「は? 誰が懐いてるですって?」 「え。お前」 「何かっつーと呼び付けてくるの赤松さんでしょうが」  全く相変わらずこの男の真也に対する扱いは酷い。好きだと言って真面目に口説いているのに、懐いてるとかまるでその辺の犬や猫みたいに。  まぁ、そんな事を口に出して言えるはずもなく、心の中で思いきり毒づいてやった。   午後九時をまわり、二組ほどいたテーブル席の客はすでに帰った後。それから客はなく、カウンター席にはすでに食事を終えた赤松と真也のみ。  平日の夜ということで、これ以上の客入りが見込めないと判断した黒川がついさっき暖簾を降ろしたところだ。 「今日、青野さんは?」  比較的日南子との遭遇率の高い平日の夜。しかも晴れて黒川と付き合うことになった彼女がこの店にいないことに違和感を覚えた慎也がさりげなく黒川に訊ねると、黒川がああ、といったように小さく頷いた。 「今夜は職場の女の子たちと飲んでくるんだと」 「あ。じゃあ、あれだ。たぶん、相手白川さん辺りですね」  日南子が仕事帰りに飲みに行く相手と言えば、雪美か同期の花井辺りだろうと想像ができる。 「帰り。迎えに行くんすか?」  真也が訊ねると、黒川が「え」と一瞬うろたえたような顔をした。 「だったら俺たち引き上げますけど」 「……」 「や。黒川さん、付き合ってんすよね? 青野さんと」  その言葉に黒川が赤松のほうを小さく睨んだ。 「ああ。知ってたのか」 「まぁ。この人から聞いたんですけど」 「良かったっすね。青野さん、あれでけっこうモテるんすよ? 取引先で彼女のこと聞かれたことも何度かあるし」  あんな女の子がいままで誰のものでもなかったのが、ある意味不思議なくらいだ。 「俺も、社内じゃ青野さんが一番好みでしたね」  わざと黒川を煽るように言うと、黒川がわずかにだが焦りの表情を見せた。黒川のような男でも、好きな女のこととなればこうなるのだな、と少し安堵する。日南子は真也にとっても大事な先輩だ。その彼女には好きな男に愛され幸せになって欲しい。 「灰原くんは、彼女とかは?」  黒川が探りを入れるように真也に訊ねた。たったいま意味深なことを言った手前、それを気にしての事だろう。  心配することなど何もない。黒川の方もちゃんと日南子を想っているのが窺え、少しあてられたような気分になった。 「や。いないっすよ? ……好きな人はいるんですけどね。これがどうにもつれなくて」  わざと赤松の方を見ながら言うと、赤松はしれっとそっぽを向いた。まったく、こういうところはとんでもなく大人げない。 「灰原くんなら上手くいくよ。な、赤松?」  黒川が赤松に同意を求めるように言い、それが気まずいのか「ん? ああ」と酷く曖昧な返事を返す赤松に、少なくとも自分のことを思い浮かべてくれているのだろうと笑いが漏れた。  結局、黒川が日南子を迎えに行くことになり、真也はそんな黒川に気を利かせ赤松を連れて店を出た。

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