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第21話
電話の声は酷く沈んでいて、いつかの記憶が蘇る。
前にもこんなことがあって、俺は一度失敗してしまった。
きっとあの子は、「大丈夫?」と聞くと『大丈夫』
と答えてしまう。
「迎えに行く」と言えば『来なくて良い』と言ってしまう。不器用だから。
だから、俺はいつも「おいで」と言う。
そうしたら、ほら
「…………かおるさ、ん」
俺の腕の中に閉じ込められに、来てくれる。
***
気がつけば、朝でカーテンの隙間から漏れる光が少し眩しい。その光から逃げるように身を捩ろうとする。
………動けない。
俺は、誰かの自分の首の下にある手と覆いかぶさるように俺の腹付近に置いてある手の存在に気づく。
あぁそう言えば、
「ヒロ、起きたの?」
…薫さんに添い寝してもらっていたんだった。
昨晩、連絡をもらった俺はすぐさまBar allyに向かった。勿論薫さんと会うために。
Bar allyに着いた時、そこに皆はいなかった。…いたら、ちょっと誰も相手にしてあげられないしから、よかった。もしかしたら、薫さんが人払いしてくれたのかもしれないけれど。
薫さんは、俺の顔を見ると、店長に「ホットミルク作って」と言ってくれる。
店長もこのためだけにいてくれたのかもしれない。本当にありがたい。
俺が、ホットミルクを飲み終わるころには、店長もいなくて、おれはただただ空になったマグカップの底を見つめていた。薫さんも俺に何も聞かなかった。
気が付けば、俺は眠っていたのだろう。
ここは、多分お店の二階にある、仮眠室だ。
俺が今着ている洋服は薫さんの物だし、薫さんが着替えさせてくれたみたいだった。
少しぶかぶかのソレは薫さんの匂いがして、全部、ぜんぶ薫さんだった。
「…薫さん」
『ん?』
「俺大丈夫です」
『…そっか』
きっと薫さんは、「大丈夫じゃない」と言えない俺に気付いてる。
「俺は、大丈夫だから」
でも、俺はまだ、自分に「大丈夫」って虚勢を張っていないと、すぐに崩れてしまうから。
俺が、「助けて」と言えるまで、待っていてくれますか。薫さん。
***
しばらくして、うるさくなってきた階下に気付いて「あ、あいつらが集まり始めたんだな」となんて言いながら薫さんが着替えている。
「薫さん…この服って、」
「ん?それ俺が持ってきた服だから、適当に置いときな」
その台詞に、やっぱち薫さんのなのか…と少しダボつく洋服に俺の男としてのプライドがちょっと傷つく。
「どうしたの、そんな顔して」
最近は制服しか見ていなかったため、私服の薫さんはいつにも増して恰好良く見える。
「いや…、俺そんなに小さい訳じゃないのに…」
俺は別に平均身長を余裕で上回っているというのに。学園の奴らがおかしいのだ。
そこで言葉を切ると、薫さんは俺が不服そうに着ている服の裾を睨みつけているのに気付いたようで少し呆れたように笑い、大きくて厚い手を俺の頭に乗っける。
「昔はもっと小さかったのにね」
くすっと色っぽく笑う薫さんに少し負けた気がして、悔しくなる。
「すぐに追い越しますよ」と、俺が苦し紛れに言えば、薫さんは「それは困るなあ」なんて言いながらなんだか嬉しそうに笑っていた。
***
下に降りていくと、皆俺達に気付いて「うわ、来たよ」みたいな顔をされる。
その視線に気づいて、馬鹿にしたようにニヤニヤしてくる奴らを睨みつけると、皆スーッと視線を逸らす。ボコされるのを分かっているのに騒ごうとするんだから、本当にコイツらはアホだと思う。
すると、いつものごとくヨシノが俺の傍にススッ…と寄ってきて、「昨晩はお楽しみでしたか?」なんて聞いてくるから沈めてやると、「だからやめとけばいいのに…」という顔を皆にされている。
しかし、すぐに復活したヨシノは「だってさあ!!!」とものすごい勢いで俺に食らいついてくる。
「気になるもん!!!ヒロさんが受けでしょ!!!そりゃもちろん!!ね!ね!!そうでしょ!!!!」
あぁ…いつものように暴走を始めるヨシノに皆飛び火を食らいたくないからか、少し距離を離れていく。
…あ、
俺が「あ」という顔をすると、俺のその反応を不思議に思ったヨシノが「ん?」という顔をし後ろを振り向くと、
「…よお、ヨシノ。楽しそうでなによりだよ」
「そ、そうちょ…」
ものすごい音でヨシノの頭に鉄槌が下される。あぁ…南無阿弥陀仏…
「ヒロ、おはよう」
「ユキさん、…おはようございます」
苦笑いをしながら挨拶を返す。
「ヒロ」問いかけのような追いすがるような声がした方を向こうとした瞬間、背後からガバッと抱き着かれ少し前のめりになる。
「…ムタ」ちょっと怒るのは忍びなくて「離せ」という意味で呼ぶがぎゅうぎゅうと余計に締め付けられる。…なんか俺が知っているムタより明らかにでかい上に力も強い。
「ムタ、痛い」
俺が言うと、ハッとしたように動きを止めたムタに俺が「あ、やべ」と直感的に察する。
「う、ううぅ…」後ろから聞こえるうめきに、「あー、これはめんどくさいやつだ」と身構えていると周りも「やったな」という顔をして事の成り行きを眺めている。…お前ら助けろよ…!!!!
「ヒロのばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
赤ん坊のように(でかい分力も強く、うるさい)泣きわめき始めたムタに皆お察しといった具合だ。
昔から、俺が離れたりすると、このように駄々こね始める習性は今も変わってはいないらしい。未だ耳元で泣き叫ぶムタに苦笑いしつつ、泣き止むまで俺はでかくなったムタの頭をぽんぽん撫でていた。
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