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第2話

 ダニエルたちの住んでいた家の隣に、エディの両親は引っ越してきた。 その時は、まだエディはいなかった。  それから数年後に生まれたエディを見て、なんて小さくて可愛いのだろう、と思った。小さくて柔らかくて、ミルクの甘い匂いがして、指をぎゅうっと小さな手でつかまれるのが可愛かった。  エディは人間、ダニエルはウサギの獣人。種族は違ったが、両親同士仲が良く、兄弟のように育った。一緒に風呂に入ったり、同じベッドで眠ったことも数えきれないほどある。  あれは夏の終わり。エディが十歳、ダニエルが十二歳のころだ。  二人で近くの川に魚釣りに行き、大量に釣った後木陰で休憩していた。川の水で喉を潤し、持ってきた梨を半分に分け合って食べた。 「いつまでもこんな風にダニーと一緒にいられる?」 「いつまでも……は無理だろ。俺もお前も結婚するだろうし」  エディと一緒にいるのは楽しい。だがずっとこのままでいられるはずがない。  お互い家庭を持てば、それをないがしろにして今のようにエディと一緒に過ごす時間を持つことなどできないだろう。  ダニエルの答えに、エディは不満そうに頬を膨らませた。 「じゃあ、ダニーと僕が結婚すれば?」 「うーん。そうだな」  ダニエルは少し考え込んだ。その時にはすでに、ベータの診断を受けていた。エディも両親同士がベータなので、恐らくベータだろう。  子どもを欲しないのであれば、エディと結婚するのも案外悪くないかもしれない。番のような感情はなくとも、幼なじみゆえ気心はしれているし、兄弟愛のようなものは持っている。  ただエディは、結婚というものが何なのか分かっていなさそうだ。 「エディが大きくなって、それでも考えが変わらなければ……おまえとの結婚を考える」  そう言って、柔らかい髪をくしゃりと撫でると、エディは 「僕は変わらないよ。今までもこれからも、ずっとダニーが好き」  と頬をほころばせたのだった。  その兄弟のような関係が変わったのは、エディの性別検査だった。両親がベータなので、エディも同じだろうと思われていたのに、オメガだったのだ。  それからほどなくして、エディはオメガの施設に行ってしまった。その時になって初めて、ダニエルはエディのことを弟のように思っていたわけではないと気づいた。  エディを誰にも渡したくない。彼が他の誰かの番になるなんて、想像しただけでも気が狂いそうだ。  ダニエルはエディを番にしたいという意味で、好きだったのだと。 施設は警備が厳重で、会いに行けるのは親兄弟だけ。外出も警護つき。  正直もう二度と会えないかもしれない、と覚悟していたから、エディが警備のすきをみて会いに来てくれるのは嬉しくて仕方がない。  黒目がちの大きな目。ふわふわと柔らかい赤毛。年のわりに小柄な体。本当は顔を見ただけで、抱きしめて可愛がりたくなる。  ベータの自分と、オメガのエディが結ばれることなどけしてないのに。ましてや、エディはダニエルのことを兄のように慕っているだけなのだから。  いまだに「結婚して」だの言ってくるのは、施設では自由がないから、手っ取り早く解放されたい。かりそめで結婚するにしても、ダニエルならばよく知らない相手よりはまし。その一心なのだろう。  エディは貴族のアルファの番になり、幸せに暮らすのだ。そしてダニエルは同じベータの嫁をもらう。それが身分相応というものだ。  だからダニエルは、自分の気持ちを押し殺している。  エディの気持ちが変わるまで。エディの番が見つかるまで。

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