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和菓子屋×洋菓子屋

 許さない! あいつだけは絶対に! あいつのせいで俺の人生は…!     色々修行して、たくさんバイトしてお金を貯めてようやく開店した俺のお店。洋菓子店「フラム」。だが、夢は思い描いてた通りにはならなかった。店はできたが、なんといってもお客さんが来ない! 俺は恨めしげに斜向かいの和菓子屋を見つめる。和菓子屋「むさし」。その店の前には行列ができている。特に多いのは女性客。和菓子屋になんでこんなに行列ができてるかって? イケメンな店員がいるんだよ。それにかわいくて独創的な彼の作る和菓子。和菓子屋がこんなに人気が出たのなんて前代未聞だ。メディアもそれを取り上げたものだからさらに人気は増すばかり。雑誌に載っているのは彼の写真ばかり。あいつが来る前は和菓子屋「むさし」はそこまで人気がなかった。こいつが来てからだ。しかも、俺の店を開店したのと同時にあいつは「むさし」に来た。あいつがすべての元凶なのだ。俺を不幸に陥れた。あいつの名前は後藤虎太郎という。古臭い名前しやがって! もう奴の何もかもが腹が立つ。絶対に足を引っ張ってやって俺と一緒の所まで引きずりおろしてやる~。    俺はまず後藤を偵察することにした。 「今日は一日、斜向かいの和菓子屋偵察するから」 「はあ~。店長。あの和菓子屋のことばかり気にして。それよりこの店をなんとかしてくださいよ」 「だからなんとかするって」 「まったくそのカラコンちょっと発色良すぎて変ですよ。髪も金髪すぎてなんかうっとうしいです。黒髪にしたらどうですか」 「そんなの似合うわけない! やっぱりどう考えても一番美しいのは金髪だろ! それにブルーの瞳! なんで俺は金髪碧眼に生まれなかったんだ! 悔しい」 「もうどうでもいいです。お客さんもわずかしか来ないんだから偵察しようが何しようが大丈夫ですよ」 今は朝8時頃。僕の店も「むさし」も開店は9時だ。後藤が和菓子を陳列しているのが見える。なんかすごいこだわってる。陳列をするときの後藤の顔はすでに真剣そのものだった。朝のまばゆいさわやかな光を受けて彼の顔がさらに引き立ってイケメンに見える。っておい! 何考えてんだ俺は。奴は敵だぞ。すでに「むさし」の客が並び始めていて、後藤の姿を見てキャーキャー言っている。こっちにも並んでくれよ。俺の店なんてできてから一回もお客さんが並んだことがない。やがて、俺の店も「むさし」も開店時間になり、俺の店には一人も来ず、「むさし」には行列が入っていった。接客している後藤はいっそ殴りたくなるほどさわやかな笑顔を浮かべていた。いっしょに写真を撮ってほしいだとか握手してほしいとか言っている客もいるがそれにもちゃんと応えてやっていた。アイドルか。くそ~。こうなったら潜入だ。俺は行列に並んだ。並んでいる人は若い女が多いがその中にはおばあさんやおじいさん、おじさんやおばさんもいる。若い男もいる。昔からの客もいるのだろう。しばらくたって、店の中に入れた。他の店員もいるが、やっぱり際立っているのは後藤だ。テキパキと動きさわやかな笑顔で接客している。和菓子は色とりどりの色々な種類があり、なんというかもう芸術的な域に達していた。和菓子なんて古臭くて地味だしと実はバカにしていたがもうこれはバカにできない。むしろ尊敬する。こんな美しい洋菓子が作れたらなあ。ついに俺の番が来た。後藤と間近に視線があって、思わずうつむいてしまう。あんないきいきとして真心がこもった視線を投げかけられたらそりゃそうなる。 「お客さんどれにしますか?」 「え、ええと。いっぱいあって迷っちゃうな。おすすめとかありますか?」 「このうさぎのと、この桜のもおすすめですね」 「じゃあその二つと、これとこれとこれください」 「了解しました」 後藤はテキパキと包装して、紙袋に入れて渡してくれた。 「ありがとうございます。斜向かいの「フラム」の店長さんですよね」 「ええ! 知ってるんですか」 「そりゃあほぼお向かいさんですから。俺がここに来た時と同じころからできましたもんね。なんか勝手にシンパシー感じちゃってます。いっしょにがんばりましょうね。すぐ近くで応援してます」 「は、はい。いっしょにがんばりましょう…! では!」 後藤に咲き誇らんばかりの笑顔を向けられた俺は動揺して、和菓子を受け取ってすぐさま走って自分の店に入っていった。 「はあ…はあ…」 「店長。なに後藤さんにどぎまぎしてるんですか。見えてましたよ」 「どぎまぎなんてしてない! これは演技だ。変な客を演じて後藤をビビらせようとしただけだ。ほら、偵察に和菓子買ってきた。一緒に食べるか」 「わあ、さすが。かわいいし、きれい」 「それは認める。菓子のクオリティは流行るだけあるな。しかし、味は…もぐ」 「私もこれ食べますね」 「おいしい…。甘すぎなくてちょうどいい。上品な味だ」 「うん。おいしいです。うちももっとクオリティあげましょうよ。はっきりいってまずいですもん。見た目も悪いし」 「はっきり言うな。う~ん。うちももっとがんばるか」 昼になった。後藤が店頭にいなくなった。昼休みか。俺もそろそろ花村さんと代わって昼ごはん食べるかと思った時だ。なんと後藤がこっちに向かってくる。なんだ! 何の用だ! 俺はどうしたらいいのかわからずにあたふたとしていた。  「こんにちは。先ほどはどうも。実は何回かここに来たんですけど、店長さんが店番の時に来るのははじめてですね。そういえばお名前は?」 「来てくださったんですか…。ありがとうございます。城澤悠真(しろさわゆうま)です」 「俺は後藤虎太郎(ごとうこたろう)といいます。よろしくお願いします。ずっと仲良くしたいと思ってたんです。でも、自分、内気でなかなか話しかけられないし、お店にも来れなかった。でも、今日城澤さんが来てくれて。やっぱりお知り合いになりたいなあと」 「よろしくお願いします。後藤さんが内気だなんて意外ですね。有名人なんだからもっと自信持った方がいいですよ。それに比べて俺は…はあ~」 「有名人だなんて。運が良かっただけですよ。城澤さん元気出してください。俺は好きですよ。この店とあなたの洋菓子。この店は色んな雑貨が置いてあっておもしろいし、それに、あなたの作る洋菓子は真面目でまっすぐな味がする」 「あ、ありがとうございます。そんなの言ってもらえたのはじめてで。どう反応すればいいのか…」 「何か助けられることがあったら言ってください。なんでもしますから」 「なんでそんなに俺に尽くしてくれるんですか。申し訳ないですよ。俺はただの売れない洋菓子屋なのに」 「じゃあ…一つお願いがあります」 「はい…?」 「昼ごはん食べました?」 「いいえ」 「じゃあいっしょに昼ごはん食べてくれませんか?」 「フフッ」 思わず笑みがこぼれた。そんなんでいいのか。 「喜んで」 彼と色々なことを話した。実は嫉妬していたことも打ち明けた。話してて分かる。彼は謙虚で誠実だ。なんでこんな人を嫌っていたんだろうと恥ずかしくなる。後藤だなんて呼び捨てにして。今は後藤様と呼びたいほどだ。性格もいいし、イケメンだし。背が高いし。 「そろそろ俺店に戻らないといけないです。楽しかったです。またいっしょに昼ごはん食べてくれますか?」 「もちろんです」 その日ほど名残惜しいと思ったことはない。もっと後藤さんと話したかった。    それから俺たちはほぼ毎日昼ごはんをいっしょに食べるようになった。俺は後藤さんの助言も参考にして、店の足りないところを補って「フラム」の大改革をすることにした。後藤さんの助言によると店の足りないところを色んな人、お客さん、店員に聞いたほうがいいということでそうしてみた。よく出た意見では、商品がおいしくないのと、見た目が悪いということと、店内が雑貨は置いてあるがごちゃごちゃ置きすぎているし統一感がないので垢ぬけていないということだった。そのよく出た意見3つを重点的になおすことにする。「フラム」は生まれ変わった。洋菓子は俺が作っていたが、プライドを捨てて人を雇って作ってもらうことにした。店内は雑貨を減らして、インテリアデザインの仕事をしている友達の意見を主に聞きすっきりまとめた。大行列とまではいかないが、1日2、3人だったお客さんは少しずつ増えていった。やっぱり独りよがりではダメだったのだ。俺の店だと思って全部俺が決めたいと思っていた。色んな人の意見を聞いて、反映してようやくある程度のお客さんが集まる洋菓子店になれた。こうなれたのはほとんど虎太郎(もう後藤さんとは呼ばなくなっていた)のおかげだった。本当に感謝している。それに最高の友達ができた。でも、ある日俺を惑わす出来事が起きた。    居酒屋で和菓子店「むさし」と洋菓子店「フラム」のコラボについて話し終わって帰る道だった。春の生暖かい風が吹いていて、花びらがゆるやかにが散っていた。虎太郎は珍しく酔っていた。急に後ろから抱きついてきてこう言ったのだ。 「ホント悠真はわかってない。俺の気持ち。もう堪えてられらくなってきた。爆発しそう。でも、嫌われたくないし…」 「え…どした虎太郎。ふざけてるのか?」 俺は不覚にもドキドキしていた。とつぜんイケメンに抱きつかれるとこうなるのか。女の気持ちがわかった。しかし、どういうことだ。虎太郎が言ってるのは俺のことが好きというふうに聞こえるんだが、俺の勘違いかな。 「それってどういうこと?」 勇気を振り絞って後ろを振り向くと虎太郎は抱きついたまま寝ていた。 「お~い! こんなとこで寝るな! もうすぐなんだから」 虎太郎はむにゃむにゃ言って起きた。なんとかその日は帰れた。こんな間の抜けた虎太郎は初めて見た。いったいどうしたんだ。俺に心を開いてくれてるってことかな。なんだかあの言葉の意味ばかり考えてしまう。俺のことが好きなんてそんなことあるわけないか。でも、酔って隠していた本心を言ってしまったとしたら…。そうだとしたら俺は…。 <つづく>

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