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第18話

「アオバ、市場に行かないか?」 「うん、行く」  リュカの誘いを碧馬は断らない。一緒に出掛けるのは嬉しくて、楽しい。  市場には肉や野菜のほかに手作りの菓子や屋台もあって、それを食べ歩くのが楽しみだった。ドライフルーツ入りのマフィンやハチミツ漬けの果実がお気に入りだ。  自警団の食堂ではそういう甘いものが置いていないので、初めて市場に連れてきてもらったときは、本当に飛び跳ねるくらいおいしく感じた。  そんなに喜ぶ碧馬を見て、それ以来、リュカはこうして市場に誘ってくれる。 「最近、すごく言葉が上達したな」  ここに来て、二か月が過ぎようとしていた。 「うん。だいぶ慣れてきた感じ」 「もう通訳する必要はなさそうだな」  リュカが少しさみしそうに言うから、碧馬は急いで言った。 「そんなことないよ。それに通訳しなくてもリュカと出かけるのは楽しいよ」 「そうか。このところ、ずいぶんと根を詰めて勉強しているようだから、誘っていいか迷ったんだ」 「ああ、それは……。もっとしっかりしなくちゃと思って」  「しっかり? してるだろう?」 「そう見える? 俺、ちゃんと役に立ってる?」 「ああ。アオバが来てから自警団の事務所がいつもきれいだし、畑もちゃんと世話されてるし、とても助かってるよ」 「そう、よかった」  碧馬はほっとして肩の力を抜いた。  最近になって、思うようになったことだった。来たばかりの頃は、ここに慣れるのに必死で そこまで考えていられなかった。  でもここでの生活に慣れて言葉がわかるようになって、碧馬に少し余裕ができたせいだろう。この先のことを考えるようになっていた。  冷静になって考えると、もしかしたらもう帰れないのかもしれない。  それなら、何とかここで生きていくための方法を考えなくちゃという追い詰められた気持ちが心のどこかにあって、碧馬はその気持ちと闘うのに必死だった。  昼間はあれこれ忙しくしていて忘れていられるが、夜、自分にもらった部屋に戻って一人でベッドに横になると涙があふれた。  不安でさみしくて、帰れないのが怖くて、どうしようもなく泣けてくることがある。 「何か心配事があるのか?」 「ううん。ただ……」  広場で遊ぶ幼い兄弟とそれを見守っている両親を見て、碧馬はため息をついた。 「俺、帰れないんだなあと思って」  それを聞いたリュカは黙り込んだ。  生まれ故郷から突然ここにやって来た碧馬に、何を言っても慰めにならない気がした。  帰る方法はわからないし、何よりリュカは碧馬に帰って欲しくない。碧馬はまだ知らないが、彼はリュカの運命の番なのだ。  でも家族に会いたいと思う気持ちは理解できた。自分だって、たった一人で異世界に飛ばされたら、寂しくて何とかして帰ろうとするだろう。  もし帰る方法が見つかったら、碧馬は帰るんだろうか。 「やっぱり帰りたいか?」 「……時々」  いつもと答えたいのを我慢して、碧馬はそう返事をした。  ここでの生活が嫌なわけじゃない。みんな優しいし、自警団の中には自分の部屋があって仕事もあって、碧馬を大事にしてくれる人もいる。  それでも家族や友達に会いたいという気持ちは湧いてくる。  食べ物に困ることだってないけれど、たまに無性に母親の作ったおにぎりやカレーや餃子や肉じゃがが食べたくなって、そんな時はとても切ない。  すこし沈んだ碧馬の横顔を、リュカは黙って眺めていた。どんな慰めも届かない気がしたが何とかしてあげたくて、広場の隅のベンチに座って抱き寄せた。  碧馬は素直に腕の中に納まって、ちょっと無理をした笑顔を浮かべた。 「ありがとう、リュカ」 「いや、何もできなくて悪いな」 「ううん。リュカに出会えて、本当によかったと思ってるよ」  さみしそうに笑う碧馬に胸が痛くなって、リュカはそっとその頬に口づけた。   

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