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第17話 その鍵を開けるには
「向き合うって…何で」
「な、何でも、だ」
断られる可能性は大いにある。
だって、今さらだ。賢司は見合いの相手と結婚するつもりなのかもしれないし。
その場合、俺が泥棒猫的なポジションか。
ぐ、と賢司の手首を掴む。
振り払われることは、なかった。
「と、とにかく俺に拐われてくれ!」
「え。あ、ちょ…っ、おい、晴翔?!」
そのまま引っ張り、ずんずんと歩く。
ビルの扉をくぐり、車の往来の激しい大通りまで出て、それでもなお、お互い無言で歩き続ける。
俺は、…後ろを振り向くことができなかった。
「…晴翔、おい晴翔!」
「っ、」
でも、賢司の腕に力が入ったとき、びく、と体を震わせ歩を止める。強引すぎて引かれたかも。顔、見れない。
「一緒に行くから、ちゃんと説明してくれ」
「…説明」
「ここじゃできない話なら、…そうだな、じゃあ…あそこでいいか?」
賢司が指差したのは、駅前のカラオケボックスだった。確かにこんな道の真ん中より良さそうだ。
「そもそも何であそこにいたんだよ」
「…賢司のこと見つけて、後をつけました」
「何で敬語。…ま、いいや。あのさ、俺もう会わないって言ったよな」
「き、聞いた」
「俺のこと許せなくて殴りにでも来たのかと思ったけど…『向き合う』って、何?」
小部屋で、しかも間近で見つめられて緊張する。俺が言おうとしてることは、結構独りよがりなもので、たぶん、普通の人だったら受け入れないと思う。
「賢司にもう会わないって言われて、つーか、今までのことで言いたいことは色々あんだけど、とにかく、俺は賢司のことを自分がどう思ってるのか、確かめたくて」
「晴翔が俺を?…友だち、だろ」
「俺もそう思ってた!でも、それだけじゃない何かもあって、それが何なのか、分からない。友情なだけかもしれないし、もしかしたら恋愛的な意味で好きなのかもしれないしっ」
「…晴翔が俺を…恋愛的な意味で?」
賢司は「何言ってんだこいつ」という表情で俺を見ている。そりゃそうか。でも、本当に分からないんだ。
「…なぁ、先輩は?」
「先輩?」
「"運命"かも、なんてはしゃいでたのに」
「あ、あー、その…確かに先輩のことも、好きなんだけど」
言えば言うほど、俺って最低な奴だなと思う。
他に好きな人がいるのに、賢司のことも好きかも、って。これは賢司にも先輩にも愛想を尽かされても仕方ないと思う。
「先輩は、その、…とにかく、俺にとっての今の優先順位は、お前が上なんだよ」
「…結構とんでもないこと言ってるって自覚、あるか?」
「ある…。だから、その、賢司に嫌われても仕方ないって、思う」
目線を外し、自分の握りしめた手を見る。
ダメだ、直視できない。
「…向き合うって、その気持ちが何なのか確かめるってことだよな」
「そうだけど」
「期限は」
「え」
「期限を決めてほしい」
「え、ええと…1ヶ月、とか?」
「分かった。1ヶ月後に答えを聞く」
「い、いいのか?!」
ばっ、と顔を上げ、賢司を凝視する。
まさかこんなにあっさり受け入れてくれるなんて思わなくて拍子抜けするんだけど。
「あのな、晴翔」
「な、何?」
「俺はお前が好きだよ。恋愛的な意味で」
「し、知ってる」
「…。でも俺は、お前のこと…諦めようとしてたんだ」
「そう、なのか」
「酷いことをした自覚があるしな。でも…こんな風に期待持たされたら、断れるわけ、ないだろ。…お前も大概酷い奴だ」
ふ、と表情を和らげた賢司が俺の手を取る。
「でも、俺はそんなに強くないから、条件をつけさせてくれないか?」
「条件?」
「もしも俺のことを好きになってくれたら、何があっても、もう手離さない。ずっとそばにいてもらう」
「お、おう」
「もしも俺が恋愛的な意味で好きじゃないなら…」
ぐ、と引き寄せられ、その真剣な瞳に気圧された。身動きがとれない。
「もう二度と、晴翔とは関わらない」
「…っ」
「友だちの関係に戻れるほど、俺の心は強くない」
「…。分かった」
「ああでも、だからって嘘をつくのはなしだ」
「分かってる。真剣に考えて、答えを出すから」
猶予は1ヶ月。
俺は賢司との「これから」のことを、とにかく考えることになった。
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