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副作用と謎の張り合いの件(1)
時の動く世界へと戻ってきた透へ、鷹也が追いすがって刀を振りかぶった。
寸でのところで、ウィルによって凶刃から逃れる。
『おい、透。地のやつの力が混じってきてんぞ』
(へ?)
『ったく、いきなりだったから驚いて避け損ねるところだったぜ』
それは危なかった。地のやつ、というのは、先ほどの少女のことだろうか。
ああ、結局どうやって魔法を使うのか教えてもらっていない。
ウィルが忌々しげに吐き捨てる。
『……カルブンクだな。あのチビ、俺の透に手出しやがって……』
(大丈夫、俺の魂はもう売約済みですって言っておいたから)
『当然だ』
ウィルの反応からしても、彼女――カルブンクとウィルは相性がよろしくないらしい。
彼女について詳細が知りたい気もするが、話題にするのはちょっと博打かもしれない。
『透が分かってんなら別にいいんだよ。……カルブンクの能力の使い方、だったな? 透、とりあえず壁でも出してみろ』
(壁……?)
少女の説明不足は、ウィルが補ってくれるようである。
『地面から壁がせりあがってくるイメージだ』
(う、うん……! うわっ)
ウィルの言うとおりに、地面から壁が出てくる様子を思い浮かべてみる。
すると、たったいま透のもとへ駆けてきたところだった鷹也と透の間に分厚い土壁が生まれた。
ようやく透が反撃を開始したと見て、鷹也が一度距離を取る。
『上出来。同じ要領で、石の矢が敵に向かって飛んでくイメージ』
(えええ)
ちょっとそれはハードルが高い。もしぶつかったら鷹也も危ないんじゃないだろうか。
『やれ。相手も手練だ、一発食らったくらいじゃ死なねえよ』
「はいい……!」
思わず声に出して返事をしてしまった。鷹也が訝しげな目を向けてくる。
『イメージはできたな?』
(でき、た)
『俺が接近させてやるから、合図したら放て』
(し、失敗したら、ごめん)
『失敗なんてさせっかよ』
保険の意味も込めて先に謝っておいたというのに、ウィルに笑って一蹴されてしまった。
長い付き合いだ、ウィルもどういう意味で透が謝ったのか理解しているのだろう。
縮地で距離を取る鷹也を追って、短距離転移で一気に距離を詰める。
『よっしゃ行け!』
ウィルの言葉とほとんど同時に、鷹也に向かって数十本の矢が生成され、飛び出していった。
あんなもの、透が受ければ一発で蜂の巣だ。
しかし鷹也はさすが実力者だけあって、頭上に降り注ぐ矢のほとんどを避け、刀で弾き落としていく。
『続けて次は、泥の触手が敵を絡め取るイメージだ』
(え、ええと)
『殺したくねえんだろ?』
(うん……死なせたくない……!)
鷹也だってきっと、転生者ゲームのせいで殺伐としてしまっているだけなのだ。
きっと勝宏が透の立場ならそう言うことだろう。
彼の代わりに戦っているのだから、今だけでも、自分も勝宏のようにありたい。
追尾してくる大量の矢から逃れ終えた鷹也に向けて、ウィルに指示されるまま泥の触手を伸ばすことを考える。
少し想像が曖昧だったのか、泥のつもりだった拘束具は岩の蛇のようになってしまった。
『ちょっと違うが、強度はまあ問題ねえだろ』
魔法の出来については、ウィル先生からまずまずの評価をいただいた。
蛇に足を取られた鷹也が縮地で脱出を試みる前に、先ほどの壁を応用して鷹也の周辺四方向を囲った。
最後に天井も壁で閉ざす。
『よく思いついたな』
(ウィルが言ったんだよ、縮地は屋内じゃぶつかっちゃうって)
これなら、鷹也も脱出できないはずだ。
壁の一部に小窓程度の穴を開け、中にいる鷹也へ声を掛ける。
「降参、してください」
勝宏が復活するまでの時間稼ぎになれば、と思って挑んだ戦いだったが、良いタイミングでカルブンクに力を借りることができてよかった。
背後に、じゃりじゃりと土を踏む足音が聞こえる。勝宏だ。
「俺の勝利条件が、これで満たされることはないから、あなたが、負けを認めても、消滅したりはしません。どうか……」
言葉を言い切る前に、勝宏が透の隣に並んだ。
隣に目を遣れば、透が戦っている間に再変身できる程度までMPが回復したのか、いつもの彼ではなく、ヒーローの姿である。
「透を不意打ちしようとしたって無駄だぞ。今度は俺が返り討ちにしてやる」
鷹也の動向を警戒してか、勝宏の声色は硬い。
「……ああ、負けを認める。」
息を吐いて、鷹也が刀をおさめた。それを確認して、透もまた土壁の檻を解除する。
「……透、だったな」
「は、はい」
地中へ潜っていく檻を見送って、鷹也が透に話しかけた。
「あの射出速度、MPを使っての魔法じゃないだろう。スキルか?」
「えっと、その」
「まあ、俺に手の内明かすわけがないか。……あのまま俺を土壁に閉じ込めておけば、あんたは時間をかけて勝利条件を整えることも、放置して逃げることもできたはずだ。なんで解放した?」
「……大丈夫だって、思いたかったから、です」
信じなければ、信じてもらえない。
それは対人関係において結構重要な要素だ。知識としては透にだってある。
それが咄嗟に実行できるかどうかはともかくとして。
ただ、勝宏はそれを知ってか知らずか、無意識に実践できる種の人間だ。
今この時だけでも、勝宏のようになりたい、と思っていた。
だからこそ、ここに足止めだけして逃げるという選択肢は選べなかったのだ。
「そこのヒーローもどきより、よっぽど馬鹿だな、あんたは」
「そ、うですか……」
「あんたは、問題にぶつかったその時には、頭ではもう最適解が分かっているタイプの人間だ。どっちかってと俺と同じ類の――。だが、あんたはそいつをかなぐり捨てて、理想論を選びたがる」
唐突に貶されたかと思いきや、なんだかだいぶん過大評価され始めた。
いたたまれなくなって、足元に視線を逃がす。
「理想論しか語れない正義の味方より、よっぽど馬鹿だよ。透は」
鷹也の顔から目を離したその時、聞こえた彼の声はここまでで一番穏やかだった。
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