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拉致とつがいと子作りの話(2)
この状況は、日本でも何度か遭遇した覚えがある。……カツアゲ、というやつだ。
じっくり数えたわけではないが、おそらくその数、15人……くらい。
ウィルの姿は他人には見えない。勝宏はこの場にいない。
いかにも見た目の弱そうな透ひとりがぽつんと火の傍で居眠りをしていたら、それはターゲットにしやすいことだったろう。
日本でそういった人たちに目を付けられたら、ウィルに頼んで即転移で逃亡していた。
幸い日本は基本的に治安の良い国、カツアゲの現場はたいてい薄暗い路地裏なのである。
そして薄暗い場所で突然ターゲットが姿を消したとなれば、日本人ならまず怪奇現象を疑う。
そして気味悪がって、それ以上探そうなどと思わないのだ。
だが、この世界はどうだろう。
縮地なんてスキルが広く認知されている時点で、怪奇現象だと思い込んでくれることはなさそうだ。
「荷物は少ねえみてえだが、どこかに隠し持ってるんだろ」
「珍しい服だな。あれも金になるぞ」
最初の一撃を――ウィルのおかげで――避けた透に男たちは驚いていた様子だったが、不安げな透の表情を見てすぐに余裕を取り戻したようだ。
武器を手にしたまま、男たちは口々にそんなことを話しながら近付いてくる。
「服を脱げ。隠し持っている荷は全て置いていけ。そうしたら命までは取らねえ」
この世界のカツアゲは服まで奪うのか。
隠し持つといったって、透自身はアイテムボックスなど使えないし、荷のほとんどは今ここに居ない勝宏の手元にある。
「か……、カツアゲです、か?」
「カツ? なんだか知らんが、おまえらが高純度の宝石をたんまり持ってるのは分かってんだよ。さっさと出せ」
「ほう……せき……?」
言われてようやく、彼らの追跡の理由に気が付いた。
ここまでの徒歩移動で落としてきた少量の宝石たちにつられてやってきたのだ。
となると、いつもの方法で逃げるのはちょっとよろしくないかもしれない。
『どうする? 転移であいつのとこまで逃げるか?』
(宝石拾ってきたみたいだし、逃げてもまた追いかけられるよ、勝宏に迷惑かけちゃう。ここは穏便に、お金持ってないこと話して帰ってもらおう)
『穏便にねえ……』
ウィルとの対話中、黙り込んだ透に男たちが焦れる。
「しらばっくれる気なら――」
脅しのつもりなのだろう、うち一人が手にした斧を軽く持ち上げて透に向けた。
まずい。だんまりを続ければ続けるほど、説得して穏便に帰ってもらう案が通用しなくなっていく。
「おい待て、この歳でこの見た目なら、こいつ自身も売れるだろう」
武器を掲げた男が早まる前にと、近くの男がそう制止した。
「確かに、抱けなくはねえな」
「俺はいける」
何の話だろう。疑問に思いながらも、会話を遮ると逆効果だからととりあえず話が終わるまで待つ。
じり、と男たちが距離を縮めてきた。
「ほら、お前はさっさと服脱げ」
やっぱり服は持っていくつもりなのか。
包囲からさらに進んできた二人の男が、透の腕と肩を掴む。急に他人に触れられて、身体が強張った。
「あ、あの、俺」
なんだか分からないが、ここで言わないとまずい気がする。
俯きかけた視線をどうにか持ち上げる。
「抵抗すると痛くしちまうかもしれねえぞ」
「ち、違……です、あの、ほんと……、持って、なくて」
ああ、だめだ。いつも以上に舌が回らない。ぐだぐだだ。
考えてみれば、カツアゲは基本即離脱してばかりで場数など踏んできていないのである。穏便に説得など透にできようはずもなかった。
伝えなきゃ、と思うほど涙が滲んでくる。
ウィルが傍にいるおかげで暴行に対する恐怖はないが、この数の成人男性に囲まれて口を開くのは結構な恐怖かもしれない。
目の前の男の喉が鳴る。
『透、たぶんそれ嗜虐心煽ってるぜ』
こちらは必死だというのに、ウィルの呆れたような声が頭に響く。
いやだから、泣いたのは意図してのことじゃない。
「わっ」
男二人によって、その場に無理やり引き倒される。
かたい地面に転がると、そのまま組み敷かれた。うわ、いきなり殴られるやつ――。
「透!」
圧し掛かってくる男の大きな体越しに、勝宏の声が聞こえた。
変身ヒーローによって蹴散らされたカツアゲ犯たちは、勝宏の強さに不利と見るや逃げ出していった。
追おうとした勝宏を引き止めたのは透だ。うん、未遂だし。
今は勝宏が近くの川で捕ってきた魚を焼いているところだが、中には明らかに毒を持っていそうな極彩色の魚が腹を膨らませていたものもあった。
勝宏いわく、俺は食っても平気だったとのこと。
そういうものかと手を出しかけたが、続けられた「……あれ、でも食ったあとしばらく腹痛かったのってこの魚だっけ?」という恐ろしい発言で手を引っ込めた。
このまま焼却処分決定である。
「わはは、危ない危ない。俺なら腹痛でも透だったら死んじゃうかもしれないしな」
「……他は、大丈夫だよね」
「たぶん」
笑い事じゃない。
若干の不安を抱えつつ、この人よくこんなんで異世界入りしたばかりの頃のサバイバルを生き抜いたなと思う。
ステータスにラックはないようだが、彼自身の持ち前の運も結構高そうである。
幸い他の魚には毒らしいものは見当たらず、無事に食事を終えることが出来た。
「明日の朝ごはんは何にしようか?」
「朝マ○クしたい朝マ○ク」
「あ、うん……朝からよく食べれるね」
「そう? たまに無性に食いたくならない?」
「分からないでもないけど」
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