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札束で殴るイベを無課金で突っ切る鬼のような所業(3)

 通知から間をおかずして、フロアの中央に魔方陣が出現する。  こちらはダンジョン自体の機能ではなく、アイテムボックス同様に全員配布の転生者特典のようなものだ。  転生者がダンジョンの最深層まで行くと、帰還アイテムなしでもダンジョンの外に出られる魔法が発動可能になるのである。  ちなみに、最深層まで行かなければ発動しないため、たとえばこのダンジョンでいうところの18層目などで攻略を断念した場合は徒歩で戻る必要がある。 「ラッキーでしたね。あ、帰還魔方陣出てますよ。一階に戻れるやつ」  使います? とルイーザが魔方陣を指す。 「……ここ25層って言ってたよな? そこの扉から5層分戻るなら、1層目からやり直すより早めに戻れるかも」 「でも、21層目から25層目までってまだ工事中だったっぽいですよ? 通路が行き止まりの状態だったりしませんかね?」  彼女の言うことには説得力がある。  帰還魔方陣は一度転生者がそのフロアから出ると使えなくなってしまう。  24層目に戻ってみて、万一扉の存在しない部屋だったらそこで詰みだ。  一方、1層目から20層目までは透と転生者3人の火力ゴリ押しで短時間クリアしてきているため、ボス魔物どころか道中の魔物さえまだリポップされていないだろう。 「分かった。1層目に戻ろう」  自分ひとり落ちてきたんじゃなくてよかったと思う。  この状況で勝宏一人だったら間違いなく、考えなしに飛び出していた。  帰還魔方陣を潜って、転移。  1層目からダンジョンに入りなおす。  自然と駆け足になる勝宏に、ルイーザは息を切らすことなく追従してくる。 「なんでこうなるんだろ」 「どうかしました?」 「いつもこうなんだ。俺が離れてる時に限って、透が危ない目に遭ってる」  今回は詩絵里もついているが、正直何かの強制力が働いているのではないかと疑ってしまうほどの頻度である。  そのたび、いっそ日本に帰したほうがいいのかもしれないと思いながら、手放せない。 「それは違うと思います」 「何が?」 「勝宏さん、さっき私のことすごい自然に助けてくれたじゃないですか」 「まあ、そりゃあ……」  いざって時に女の子を庇うのは当然だろう、男として。  そこに疑問を持ったことなどない。  少しずつリポップを始めた上層の魔物をはね飛ばしながら、ルイーザと会ったフロアを通過した。 「透さんのことも、一緒のときはそんなふうに無意識に守ってるんだと思いますよ」 「ルイーザ……」 「だから、勝宏さんが透さんのピンチに間に合わないんじゃなくて、一緒のときはずっとそばで守ってるから、離れた時のことが顕著に思えるんです」  なんかそんなかんじがします、とルイーザが頷いた。  そういう考え方もある、か。  腑に落ちたというほどでもないが、自分の中で一旦の結論を得たことで少し気持ちが軽くなる。 「でも、同じ転生者で男性の透さんのことを真っ先に気にしてるって、なんだかカレシ感ありますねー」 「か」  か、かれし?  女の子がそのワードを使う場合、あれだ。  恋人という意味でほぼ間違いない。  恋人同士に、見える? のか? 「あ、気を悪くしたならすみません。なんか仲間が心配っていうより、透さんのこと、宝石箱にしまいこんでおきたいみたいに見えちゃうんですよね。勝宏さん見てると」  おそろしいほど、身に覚えがありすぎる。  この手の話題になると、女性の観察力は鋭いものだ。 「透さんのこと、誰かに自慢したいけど誰にも見せたくなくて、誰かに羨ましがられたいけど誰かに触られるのはイヤ……みたいな」 「あ……合ってる……かも……」 「だからですね、戻る必要はありますけど、そんなに焦らなくても大丈夫じゃないかなって。勝宏さんが誰かに自慢したいって思うってことは、それだけ透さんはすごいってことでしょ? あれくらい、お二人ともきっと平気です」  隣に並んだルイーザが、にっこりと明るい笑みを見せる。  まるで小学生のころ、まわし読みをしていた少女漫画雑誌の主人公を思わせる笑顔だった。  ……リポップしたての魔物を轢き殺しながらダンジョン内を高速で駆け抜けている最中でさえなければ。 ----------  ウィルと一緒に、勝宏たちの落ちた穴底へ降り立つ。  誰もいない。  そして、光源のないフロアのようだったが、やけに明るい。 「魔法の光かな……」 『だな。あいつらさっきまでここに居て、助けが来るのを待たずに出てっちまったんじゃねえか? ほら、そこに扉あるしよ』  そこに、といわれても、これだけ明るいとウィルの姿は見えない。  彼がどこを指しているのか、周囲を見渡してみる。 「あ、ほんとだ。扉があるね。じゃあ……どうしようか」  床には血痕や装備品のかけらなどはなく、二人とも着地に失敗することはなかったのだと予想できる。  ならば一旦このことを詩絵里に伝えて、あの扉の先を探すか、さっきのフロアで二人を待つか相談した方がいいだろう。 『まあ俺はどっちでもいいけどな……おい透』 「なに?」 『またカルブンクみたいなやつに接触されてないだろうな』  何か手がかりでも見つけたのかと思いきや、予想だにしない方向の疑いをかけられた。 「ないけど……どうかしたの?」 『なんかこの部屋、あの引きこもりのにおいがすんだよ』 「引きこもり?」 『うーん、俺やカルブンクの同類みたいなやつにな、引きこもりのやつがいるんだよ』  あらゆる世界を渡り歩く悪魔、対価によって富をもたらす悪魔、そこに脳内で「引きこもりの悪魔」を並べてみる。  謎の存在である。 『そいつがこのへんうろついた後……みてーなにおいがする。くさい』 「く、くさい……」 『本人いねーみたいだけどな。気味悪いからもう出ようぜ』  動物が他の生き物のなわばりに入り込んでしまった時のような感じか。  さすがにそう例えたらウィルも怒りそうだが。  自分にはよく分からないが、悪魔……精霊? 特有の何かがあるんだろう。 「透くんー! 聞こえるー? 勝宏くんたち戻ってきたわよー!」  落とし穴の遥か上から、詩絵里の声が聞こえてきた。

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