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スキルを作るスキル(3)
「詩絵里、ルイーザ? あれ、俺いま透を庇ってリファスの魔法を受けた……んだけど……」
ていうか二人ともダンジョンの様子見に行ったんじゃなかったのか?
積み重なる壁の山頂で、勝宏が状況をつかめずに混乱している。
「ど、どういうことです?」
「いや、俺が聞きたいって」
残骸の上から飛び降りて、勝宏がこちらに歩み寄る。
「分かったわ、あいつのスキルの正体が」
「正体?」
「とりあえず、勝宏くんの話からして、今透くんはリファスと交戦中なのね? 急いでここを出ましょう。移動しながら説明するから」
二人とも典型的なお人よしの塊だ。詩絵里の言葉に、騒いでいた二人の目つきが変わった。
いいわねこういうの、仲間の危機にかけつける少年漫画の展開っぽくて。
「さっきの階段ですよね。行きましょう」
ルイーザが勝宏を先ほどの階段まで先導する。
道案内役は彼女に任せることにして、詩絵里は念のため、部屋を後にするついでに積み上げられた山を丸ごとアイテムボックスへ回収した。
「でも、あいつのスキルの正体ってなんの話だ?」
「勝宏くん、不要物を冷気に変える魔法、とやらを受けたんでしょ? なのに今こうして氷のダンジョンの中で私たちと会ってる。どういうことだと思う?」
「……あの、こないだの……転移トラップとか?」
「惜しいわね。私の推測が正しければ、リファスの本当のスキルは「人やモノをどこかに転移させる」スキルよ」
それも、転移先は初期に設定した一箇所のみに限定されるか、もしくは容易に変えられない仕様だ。
戦闘中に敵をどこかへ転移させるなら、こんな生存可能な空間ではなく火山や海中奥深くにでも飛ばせば良い。
詩絵里ならば少なくとも、再襲撃までの時間が稼げる遠方の地に飛ばす……くらいはする。
彼も、その程度の知恵が回らないような人間ではなかろう。
ならば必然的に、転移先は一度決めたら再設定が難しい仕様であると考えることができる。
そして、この場所に繋がる階段をわざわざ作っていることからして、おそらく自分自身を転移させることは出来ない。
「あ、そっか! この世界で胃がんの患者を治療したとか、解毒薬のない毒を完全に除去したとか噂がありましたけど……それ全部体に悪い要素だけ別の場所に転移させてたんですね!」
「たぶんね。転移先を氷のダンジョンの一室に設定して、そこに「がん細胞」や「毒」、……ひょっとしたら魔物や刺客とかも、飛ばしていたのかも」
わずかに冷気が漂うのも、転移の際に空間が転移先と一瞬だけ繋がるため、そこから冷気が漏れていた……と考えるのが妥当ではないだろうか。
「あいつ自身が転移トラップってわけか。本当に転移スキルを持った転生者がいたんだな」
「まあ、透くんのとどっちが便利かっていうと微妙なところよね。自分だけならどこにでも行ける力と、自分以外なら誰でも飛ばせるけど場所が限られる力――まるで」
長い階段を上りきる。扉は先頭のルイーザが力ずくでこじ開けて、外に脱出した。
「ここは……」
二度この場所を訪れた勝宏には覚えがあるだろう。
氷のダンジョンの隠し部屋は、診療所の裏庭に繋がっていた。
診療所の先ほどの部屋に突入すると、座り込んだままの透がリファスの攻撃から転移で逃げ回っているところだった。
「透、いま足が動かせないんだ。助けないと」
治療に向かったはずが症状は悪化して、ついでに医者から殺す勢いで攻撃され続けている。
詩絵里からすればどうしてこうなった、と言いたくなるところだが、自分たちが転生者ゲームの参加者である以上、こうなる可能性はどこにでも転がっているものだ。
「勝宏……!」
「透、よかった無事で」
勝宏が氷のダンジョンに飛ばされてきた時のことを考えると、透も勝宏は死んだものだと思っていたことだろう。
うるんだ瞳で勝宏に笑顔を見せる透、感動の再会である。
「さてと、たまには転生者ゲーム参加者らしいことする?」
「私は悪い人相手なら別に抵抗ないですけど、そういえば転生者と戦うの初めてです」
感動の再会中の二人はさておき、ルイーザに声を掛ける。
「残念、増援か。ちょっと私には分が悪いかな……」
詩絵里とルイーザが戦闘態勢に入ろうとしたところで、リファスが攻撃の手を止める。
アイテムボックスからマジックアイテムらしきものを取り出した。彼が、水晶の埋め込まれた四角い箱を口元に近づける。
「片割れを見つけた。援護を頼みたい」
しまった。あれは通信用のアイテムだ。
慌ててその箱を無詠唱の炎弾で撃ち抜いたが、あのマジックアイテムに位置特定の機能くらいはついていてもおかしくない。あちらにも増援が来ると考えて間違いないだろう。
「皆、気をつけて! あいつの仲間の転生者が来るわ!」
可能ならば増援が駆けつける前にリファスだけでも無力化しておきたいところだが。
詩絵里の声にいち早く反応した勝宏が、スキルで再度変身してリファスに突っ込んでいく。
次いでルイーザが槍を短く持って参戦した。
しかし、転生者として二十年以上もこの世界で生きてきた男だ。
自分たちとはレベルが違いすぎる。
人数はこちらが圧倒的に勝っているにもかかわらず、リファスは前衛二人の攻撃を氷のシールドで受け流している。
詩絵里の魔法が、増援までに彼を倒せるかどうかの鍵になるだろう。
炎の魔法を構築し始める。
「魔法は使わせないよ、お嬢さん」
こちらの動きに気付かれた。
リファスによる無数の氷結魔法が、青白い光とともに部屋いっぱいに展開される。
前衛二人はリファスのすぐ近くで戦っていたため巻き込まれることはないが、彼らのように強化された身体能力のない詩絵里には避けようがない。
「まず……っ!」
「詩絵里さん……!」
部屋の片隅に座り込んでいた透が声を上げる。
刹那、詩絵里の前に水晶の壁が練成された。
詩絵里に当たるはずだった氷結魔法が水晶壁に弾ける。
「透くん、ありがと!」
詩絵里が構築していた魔法も編みあがった。
晶壁ごと貫いて、熱線がリファスへ向かう。
そして、部屋中をまばゆい光が包み込んだ。
「まっぶし! 詩絵里さんの魔法ですかこれー!」
「違うわ! 気をつけて!」
転移のマジックアイテムだろうか。増援がこんなに早くに到着するとは。
光に視界を奪われている今が一番危険だ。
攻撃のひとつやふたつ仕掛けられるだろうと身構えていたが、結局光が落ち着くまでそれらしき襲撃は一切なかった。
「……なにあれ」
「女神……ですかね?」
代わりに、取り戻した視界の中央に居たのは絵画の中の女神のようなものだった。
輝く大きな翼を広げる女性。
その「女神のようなもの」は、リファスに微笑み――彼に向かっておびただしい数の光の矢を降らせる。
転生者ではない存在に、転生者が倒されるという、異様な光景だ。
リファスの体は眩い光で包み込まれ、微笑む女神と消えてゆく。
詩絵里の炎魔法もいつの間にかあの女神もどきにキャンセルされていたらしい。
部屋中に振りまかれていた氷結魔法もあとかたもなく消えている。
その場には、リファスが倒された時の血痕だけが残った。
「とりあえず、勝った、ってことで、合ってます……?」
突然の出来事に沈黙する中、ルイーザがぽそりと呟く。
「いいんじゃないかしら。でも、あの女神もどきが増援じゃないなら、うかうかしてるとここに新たな敵がやってくるわ」
ひとまず撤退。そう続けようとして、背後に人の倒れる音がした。
座り込んでいた透が意識を失ったのだ。
「透!」
倒れた透へ、勝宏が駆け寄る。
だが、その手は伸ばされることなく、透は別の人間に横抱きにかかえあげられた。
「おまえ……」
「……ウィル、だったわね」
どこからともなく現れた男は、勝宏の声にも詩絵里の声にも耳を傾けず、腕の中の透に笑みを浮かべる。
「だーからさっさと日本に帰るぞっつってんのによ、全く」
気付いたのは、詩絵里だけだったかもしれない。
その男が、女神もどきと同じ気配をまとっていることに。
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