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人魚姫と悪役令嬢(3)

 ウルティナと勝宏の婚約を発表して相手の出方を確認、襲撃がなければしばし様子を見て、ルイーザ主体でダンジョン攻略に移る。  襲撃があればダンジョン攻略は一旦保留とし、全員で護衛。  今後の方針が決まったところで、勝宏は詩絵里とともにウルティナの両親へ挨拶へ向かった。  彼女は、<聖盾>のスキルを持つ転生者だった。  細かいところまでは聞くことができなかったが、基本的な仕様としてはMP消費なしで任意の地点に盾を生成することができるスキルらしい。  ウルティナと勝宏では前衛に偏るため、二人に加えてしばしの間、護衛として詩絵里がつくことになっている。  公爵家令嬢と一介の冒険者、という身分差の問題があったが、彼女の両親は「コネのある貴族に養子として形だけ入ってから結婚すればいい」と寛容だった。  ウルティナが将来殺されることに脅えていたことを知っている両親は、今回刺客の襲撃からウルティナを守った勝宏のことを手放しで歓迎したらしい。  領地一の名所でもある「水待姫の聖樹」のもとで出会ったこと、ドラマティックな出会いの一部始終を市民が目撃していたこともあって、貴族にしては珍しく恋愛結婚を反対されなかったのは幸いだ。  実際のところは恋愛結婚ではないのだけれど。  今は、婚約発表のタイミングを再びウルティナの実家で話し合っているところだろう。  女ばかりがぞろぞろ追従するわけにもいかない。  透はルイーザとともにウルティナから聞かされた60箇所のダンジョン情報を吟味し、効率的に回るための消耗品を購入してまわっているところである。 「じゃあ透さん、私がんばって値切ってきます! ちょっと待っててくださいね!」  こういうの得意なんです、と意気込みながらルイーザが店の奥に入っていく。  喋れない――口がきけたとしても生来のコミュ障はどうしようもないが――透にその仕事は無理だ。  大人しく店舗前で彼女の交渉の声を聞きながら待機していると、ふと男性から声を掛けられた。 「おい、透か?」  この声は、鷹也?  行方をくらましたと思っていたが、まさかこんなところで再会するとは。  なんの気なしに声の方向へ振り返る。  透の肩を叩こうと伸ばされていた手が、ちょうどタイミング悪く振り返った透の……かたちの良い胸に、接触した。  むにゅ。  声をかけてきた男は、はたして予想通り鷹也だった。  むに。むに。  うっかり、そして思いのほかがっつり、胸をわしづかみにしてしまった鷹也が、硬直する。  そして透は、この瞬間自分の身体がいま女であると失念していたことを後悔した。  こんな変な身体を、知り合いに見られた――。  血の気が引く。鷹也の手を振り払って、透は思わずその場から逃げ出してしまった。 「透……は……女……だったのか……?」  ――そうなるとこれまでの全部あれとかそれとか意味合いが変わって。なんだこれリアルコペルニクスの原理か。  そんなことをぶつぶつと呟きながら透の胸を揉んでしまった右手をしばらく見つめていた男は、当の本人が一言も喋らず逃走したことに気付かなかった。  ウィルの転移ではなく自力で走って逃げたのは久しぶりだったかもしれない。  逃げるなら手貸すぞ、透、聞こえてるか透、と何度もウィルに呼びかけられていたが、羞恥で衝動的に走りたくなったのだ。  入り込んだ路地裏で息を整える。  ルイーザから待機を言い渡されたのに、つい店の前から離れてしまった。  まだ鷹也とはち合わせるかもしれないが、戻るしかないだろう。 『転移するか?』 (ううん。街中でそういうことしたら、目立っちゃうから)  透の足で逃げた距離などたいしたものではない。  自力で戻って、ルイーザに店の前から離れてしまったことを詫びよう。 「聞いたか? ウルティナ嬢が婚約するってよ」  町の中を急ぎ足で進む透の耳に、町の住民の話が聞こえてきた。 「ああ、相手はほら、この間ウルティナ様を助けた冒険者だって話じゃないか」 「ウルティナ嬢は昔から変な人だったけど、平民にも分け隔てなく接してくれる珍しい令嬢だからな。俺としては祝福したいところだが」 「身分差の恋が成立するならうちの息子を紹介したのによお」 「迫り来る魔法攻撃から身を挺して庇ったんだって? ナファリア名物になりそうなエピソードだよな。ああ、俺なんで居合わせられなかったんだ……」  勝宏は、これからどうするんだろう。  ウルティナの件が解決したら、また一緒に旅が出来るんだろうか。  それともここに残って、この国を拠点に転生者ゲームと戦っていくのかもしれない。 『透? どこ行くんだ、そっちじゃねえだろ』  ウルティナを狙う誘拐犯というのが、今回の婚約をきっかけに正体を現してくれればいい。  だが、そうでなければウルティナからターゲットを別の人間に変更するまで勝宏は彼女のそばにいなければならなくなる。  別の人間に、変更するまで。  それはつまり、勝宏との旅の続行を望むなら、代わりに誰かが不幸になるのを待たなければならないということだ。  ターゲット変更をみすみす逃す詩絵里ではないと思う。  うちのパーティーの頭脳は優秀なひとだ。  分かっているけれど。 『透、おーい、透』  これ以上男たちの会話を聞きたくなくて、無意識に声のもとから遠ざかる。  いっそ自分も、この国に残ってしまおうか。  たいした付き合いでもない性別不詳が、公爵家に婿入りした男のもとへ定期的に足を運ぶ。  女として見られれば間違いなく不倫、男として見られても公爵家の乗っ取りを疑われそうだ。  そこまで考えて、ふと、旅自体が楽しかったのではないことに気が付いた。  勝宏と一緒にあちこちをめぐるのが楽しかった。  でも、勝宏を置いて旅に戻ることよりも、勝宏の近くに居たいと思う気持ちの方がずっと強い。  何が原因なのか分からない涙が視界を滲ませていく。  手の甲で拭おうとすると、次々にこぼれてきた。  透にとっては珍しくない生理現象、いつものことだ。  ポケットからハンカチを取り出す。  かつん、と音を立てて、銀の指輪が同じポケットから転がり落ちた。  あの朝、勝宏から押し付けられたままだった指輪だ。  なんだっけ、攻撃力20上昇のマジックアイテムだったか。  詩絵里からはしょっぱい性能と言われていた、赤い石が埋め込まれている銀細工だ。  路地でくるくると回転を続けている指輪を拾い上げる。  これくらいだったら、このまま自分のものにしてしまってもいいだろうか。  冒険者ならどこの道具屋でも買える、なにも珍しくない装備品。  誰にも疑われることはない。怪しまれることも。  ……迷惑を掛けることも。  騒がしい朝だった。  女になってしまったことに自分だけじゃなく勝宏も動揺して、男なのに誤ってプロポーズしてきたことなんて、思えば笑い話だろう。  これがあればきっと、彼がここへ残ることになっても、笑って祝福できる。  拾い上げた指輪は、勝宏がつけてくれようとした左手に。  薬指につける意味は、さすがに自分も知っている。  だから指輪の位置は人差し指だ。 「お嬢さん、なんでこんなとこに居んの?」  声を掛けられて、顔を上げる。  男性が四人、透の後ろに立っていた。  ふらふらと考え事をしながら歩くのは邪魔だったかもしれない。  すみません、ととっさに話そうとして、声が出ないことを思い出す。  代わりに深く頭を下げ、その場から立ち去ろうとして、腕を掴まれる。  何か用でもあったのか、と振り返る間もなく、透の意識は遠ざかっていった。

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