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美しい人魚だと思っていたら本体は下半身の巨大な口腔だったみたいな話(1)※

----------  男の手が身体をまさぐる。  脱がされた下着から月経――のようなもの――の血液を目にした男たちは、引くどころか妊娠しなくて済むじゃないか、よかったなお嬢さん、と勝手に盛り上がった。  だが、その様子に透はかえって思考が落ち着き始める。  ここで名も知らぬ男たちのお手つきになったとして、はたして自分にそこまで損失はあるだろうか。  もちろん、大人しくしていて得になるというわけでもないが。  こんな場所でおっぱじめようというのだから、おそらくその間は邪魔をされないよう人払いでもしているか、他の人間が通りかからない時間帯なのだろう。  詩絵里たちがここに到着するまで、騒ぎになるのはまずい。  つまり、透に用意された選択肢としては、このまま大人しく身を任せて身体で時間を稼ぐか、カルブンクの魔法を使って男四人を一撃で仕留めるか、の二択だ。  前者は何をする必要も無い。  降りかかる暴力を受け入れていればいいだけだ。  一方、後者は難易度がはね上がる。  戦闘慣れしておらず、威力自体はチートというわけでもない透の魔法で、おそらく転生者だろう彼らを、声も上げさせずに倒す……成功するかどうかは分からない。  露出した男の局部を握らされる。  舐めろ、と頭を持っていかれた先に、左手の指輪が見えた。  これまでの透なら、迷いなく前者を選んだことだろう。  何も失敗のリスクを冒してまで守るほどの身体でもないのだ。  ……でも、勝宏はきっと、こういうの嫌うだろうな。 『やる気になりまして? それなら、力を貸してさしあげましょうか』  ウィルの念話と同じように、頭の中に女性の声が響いた。 (あなたは……?) 『ここでは、はじめましてですわね。甘露なる花の御子』 (花の御子?) 『失礼。トール、でしたかしら。……その見た目でトールだなんて、面白い名前ですわね』  カルブンクと契約した時と同じだ。時間が止まり、透の体も動かせないが、念話だけが進んでいく。 『私はセイレン。イグニスや、カルブンクと同種族の存在ですのよ。毒、麻痺、石化、なんでも私の思うまま。永遠の眠りも、その眠りから解き放つことも、ね』 (あ、もしかして、俺の体、治してくれた人……?) 『あの時は契約というより、イグニスとの取引でしたから。私があなたを救う、イグニスは代わりに私の想い人を見つけ出す』 (は、はあ……でも、治療の件は、ありがとうございます) 『治すというより、カルブンクの魔法によってあなたの体が石になり、都度私がそれを元に戻す。そのサイクルを繰り返すことになりますの。あなたから何も貰わないというわけにはいきませんから、治療の間だけ声をお借りしていますわ』  女の体というのも、携帯が壊れた時の代替機のような感覚だろうか。  今回に関しては長らく放置したおかげで石化が進行していたから、治療にも時間がかかっているらしい。 『ですから、私とあなたはまだ本契約をしていない状態。トールが契約を望むなら、力を貸してさしあげてもよろしくてよ』  セイレンの話から推察するに、彼女は治療の際にウィルと一度話したことがあり、透と接触しても問題ないと判断されている、ということだろう。  ならば、透にそれ以上の懸念はない。 (お願いします) 『私は恋に生きておりますの。対価はそれに準じたものを、いただきますわね』  そこまで会話して、止まっていた時間がふたたび動き出す。  透の足の拘束を緩め、男の一人がそこへ性器をあてがおうとした。 『……私は人魚。愛を歌い、魂を食らうマーメイド』  セイレンの声が、透の頭の中に反響する。  瞬間、透の体の下から黒いもやが伸びた。  蛸の足のようにも、蛇の尾のようにも見える複数の触手が花弁のように広がり、男たちを絡み取り、包み込む。  音も無く、四人の転生者たちはその場に倒れ伏した。 『あらあら、ずいぶんと軽い魂ですこと。……#アーメン__ごちそうさまでした__#』  え、ちょっと、なんだこれ。怖い。  本能で恐怖を抱く光景だった。  腕の拘束が祭壇に繋がったままの透にはよく分からないが、これはまさか、即死技の類だろうか。  詩絵里のような体ごと消滅するものではなく、内部的に破壊するような。  ウィルやカルブンクの時とは比べ物にならない。  明確に、「悪魔」の力だと見て取れる。  とんでもない人と契約してしまった気がする。  しかし、考えてみればウィルには「一緒に居てほしい」という過程で「異世界に行ってみたい」と願った。  カルブンクには「魔法が使えるようになりたい」と願った。  彼らは願いを叶えただけで、ひょっとすると純粋に「力を貸せ」と言えばもっと凶悪な力が透の手に転がってきたのかもしれない。  いや、この件はもう考えるのはよそう。今のままで充分だ。  セイレンの即死技も封印。封印しよう。怖い。怖い。  セイレンへの恐怖を感じながら、無残にうち捨てられた服を手繰り寄せる。  どうにか上着を引っ張ってきたはいいが、シャツは破かれていて使い物にならない。  両手も拘束されたままである。  祭壇の下に落とされた下着類はどうしようもない。  ここに仲間たちが到着してしまったら、また勝宏が壊れたりルイーザに女物の服を押し付けられたりとあの時のような騒動になる気がする。  脱がされた服をどうにかできないか、と祭壇の上でもぞもぞしていると、暗がりの向こうからかつかつと一人の足音が聞こえてきた。 「やられたか。……女とはいえ腐ってもチート持ちの転生者なのだから、相応の警戒はしてしかるべきだろうに。全く、これだから脳足りんは」  声からして、先ほどこの場を離れた男だ。  手元には何か、光るものを持っている。スマホだろうか。  彼は、下半身を露出したまま祭壇の周辺に倒れている男たちを見て足を止める。 「……範囲攻撃か。これは、射程範囲内に近付かない方が懸命だな。ここからやるか」  少し離れた位置からスマホを操作して、男がその画面を掲げた。 「インヴィディアの種子よ、かの苗床に発芽せよ」  スマホの画面から青い光球が飛び出す。  おそらくこれが、ウルティナが嫉妬の種と言っていた呪術だ。  詩絵里のように呪いを跳ね返すような力は、透にはない。  どうしたものかと逡巡していると、教会の重い扉が大きな音を立てて吹き飛んだ。 「透!」  開け放たれた入り口から、強い光が差し込んでくる。  勝宏の声だ。  男の魔法が祭壇の上の透に向けられていると知って、勝宏がこちらへ駆けてくる。  しかし、種子の光は彼よりも速く、透の方へ向かってきた。 『なにかしら、そのできの悪い模造品は。本家に敵うとでもお思い?』  間に合わない。  呪物を受ける覚悟をしたタイミングで、セイレンが嘲笑した。  ばちん、と電撃が放たれたかのような音とともに、光球は闇に撥ね退けられる。  行き場をなくした嫉妬の種は、そのまま屋外へと飛び出していった。

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