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わくわく異世界ショッピング(1)

「なるほど、需要が落ち着くまでそこから動きたくないわけだな。それで品薄になったから、君たちに取って来いと……全く……」 「いえいえ、私も彼女には良い品を売っていただいてますので」  言ってギルネルに見せるのは、先日から詩絵里が好んで着用しているバングルだ。  MP回復速度を二倍にする、鍛冶系チートの転生者が作った代物だそうで、彼女の商品の中でも目玉のひとつである。 「ああ、それか。最近はどうも、子供が物心つくころに突然神がかり的な才能に目覚めるっていうのが多いみたいでね。 「ギフト持ちの神童」といえば君たちも聞いたことがあるかな? 私の取引先の息子さんがたまたまギフトに目覚めて作ったものなんだよ」  この世界での「転生チート」の認識としては、基本的にはランダムでごくまれに子供に開花する才能、という解釈らしい。  ギルネルに出されたお茶をいただきながら相槌をうつ。 「うちの娘は、ギフトと呼ぶにはまだありふれた能力だからね。 神童と呼ばれて私たちの手の届かないところに行ってしまうよりはいいさ。収納魔法の才能があると気付いただけでも、商人にとっては大きな財産だ」  こうして、転生者であってもギフト持ち――転生者だと気付かれないケースもあるようなので、冒険者ギルドや世間が認識しているよりもずっとこちらに居る転生者は多いように思う。 「これから君たちはどうするんだい?」 「帰りの馬車がもう明日の朝しか出ないので、今日は宿に泊まろうかと」 「だったらぜひ、うちを使ってくれ。十日ほど前に娘が町を飛び出していったきり、音沙汰ないから物足りなくてね」 「お気遣いありがとうございます」  詩絵里に会話を任せていると、いつの間にかこのままルイーザの実家に泊まることになっていた。  娘さん本人がダンジョン連覇している最中に他人が部屋を使わせてもらうのは申し訳ないが、ここで透が言葉を挟んで断ろうとするのも失礼だろう。  大人しく、詩絵里や勝宏に続いてありがとうございますと話しておく。 「ああそうだ、娘の希望でね、うちは簡単な浴室を設置してるんだよ。よかったら使っていってくれ」 「あら、お風呂! いいんですか」 「もちろん。ボタンひとつでお湯を張る仕組みも、例の「神童」たちによって最近開発されていてね。ちょっとコネで手に入ったんだ」  ちょっとお高めの宿で共同の浴場がある程度だったため、異世界での入浴は透にはあまりなじみがない。  ギルネルの言葉に嬉しそうな反応を見せるあたり、詩絵里もやっぱり日本人だなと思う。  ちなみに、馬車移動の合間などで野宿をする場合は、詩絵里は岩陰などに地魔法で浴槽を作って水魔法と火魔法でお湯を張っていた。  女性メンバーが先に入浴して、お湯をつぎ足して勝宏も利用しているらしい。  彼らが入浴している間、透は基本的に日本に戻ってシャワーと食事の準備をしている。  詩絵里が浴槽を作る様子は、未だに見たことがない。  詩絵里はルイーザの部屋を、透と勝宏は客室を使わせてもらうことになった。  この町の近くにダンジョンはないため日の高い間はとくにすることもなく、詩絵里の町の散策に男二人も付き合っている。  食事の際の食器は透が自宅のものを持参しているし、アイテムボックスに収められたティーカップやマグカップは、日本で詩絵里の希望のものを購入してきている。  だが、この世界ならではの魔道具は日本ではそろえることが出来ない。  ここまで十日間の事件の連続を思うと、こういう機会にでもウィンドウショッピングがてら気晴らしをする必要がある。 「露天の串焼きはおいしい。でもさっきのお店のホットサンドは微妙だったわね」 「好みの問題じゃね? 俺はわりと好きだけどな、ああいう味濃いの」 「味濃いっていうか肉々しかったじゃない。ギルネルさんとこの商店で調味料が売られてるから、無味って料理はさすがに見かけないけど」  次々と食べ歩きする二人の後ろで、透はなかなか串焼きの肉が噛み切れずに苦戦していたりする。  そして二口ほど食べたあたりで勝宏に回収され、新たな露天の食べ物が渡されるのである。  ホットサンドの際も似たようなことになったため、これは確信だ。  勝宏は毎度1.5人分を腹におさめていることになるが、まだまだ食欲が尽きないのがすごい。 「透、まだ食ってんの? 肉かたいもんなー。じゃあ、はいこれ」  案の定、串焼きは勝宏に回収されていった。  代わりに手渡されたのはよくわからない野菜の入ったキッシュだ。  前方を見てみると、店で詩絵里が山ほどキッシュを購入しているのが見える。  彼女のお気に召したらしい。  大量のキッシュがアイテムボックスに次々と吸い込まれていく。  勝宏によって冷めた串焼きが一瞬で消費されるのを横目に、手渡されたキッシュを一口。  正体不明の野菜が入っているが、これはおいしい。  アスパラガスに似た野菜の甘みが強く、女性の好きそうなさっぱり系だ。  肉の量は少ないため、勝宏は物足りないと思っているかもしれない。 「転生者ゲームが落ち着いたらさ、透、こういうとこで店出すのもアリだよな」 「飲食店?」 「そうそう。材料はあっちから持ってこれるし。塩とか絶対日本の方が安いじゃん」 「確かに……」  調理をするのは問題ない。  店内で食べてもらうタイプかテイクアウトメインの店かにもよるが、透の場合はどちらかといえば、店頭での販売やホールでの接客の方が課題になってくるだろう。 「客の呼び込みは俺がやってもいいし。会計の計算は詩絵里の方が早そうだけど」  勝宏の想像の中では、透一人で店をやるのではなく勝宏や詩絵里が店を手伝っている光景が浮かんでいるらしい。  当たり前のようにそういうことを考えてもらえるのは、なんだか嬉しいものだ。 「おまたせー。なに、なんの話?」 「おー、落ち着いたら透の料理を販売する店とか出すのもいいなって」  戻ってきた詩絵里に、勝宏が説明を入れる。  いいじゃない、と詩絵里が笑った。 「ほんとにやるなら、一枚かませてもらうわよ。絶対お金になるわ」 「俺も俺も! で、まかないに期待しとく!」 「勝宏くん、それがめあてなんじゃない。……まあ、透くんはこの世界から出られないってわけじゃないし、こっちに腰を据えて仕事する必要なんてない立場だけどね」  勝宏の想像に便乗してしまっていたが、彼女の言うとおりだ。  透は「異世界転生」したのではなく、あくまで「異世界転移」。  それも、任意で日本に戻ることができる立場にある。  あちらとこちらを行き来できるなかでも、こちらで過ごす時間が圧倒的に増えた今、こういう話になると少し戸惑ってしまう。  もしもウィルの転移が使えなくなって、どちらかの世界に残るしかなくなったら、自分はどちらを選べばいいんだろう、と。  ウィルの転移が使えなくなる、というもしもは、本人が言うには有り得ないとのことなので心配はない。  だから本当に、「明日世界が終わるなら、最後の夜は誰と過ごしたいですか?」程度の「もしも」でしかないのだが。  日本の方が安全で、平和で、両親の残した家があって。  テレビや音楽、ゲームや面白い書籍もたくさんあって、食事に困ることもないけれど。  こういうことを考えるたび、思うのは結局これだ。  ――勝宏たちと会えなくなるのは、嫌だな。

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