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たいへん失礼な先入観を持っていたことを懺悔します(4)

 そもそも、最初から選択を間違えていた。  寝ている勝宏を起こすか、翌朝訊ねてから注文すればよかったのだ。  しかし、あの時はなぜか正常な判断ができなかった。  これまで、性欲は人並みかそれ以下だと思っていたけれど、まさか自分があんなことをしてしまうなんて。  手を出してしまったことを伏せて説明するにしても、まず目視で確認してしまった時点で言い訳のしようがない。  透がやったことを打ち明けずに概要だけ話すと、どう甘く見積もっても「起こすの可哀想だったから勝手に脱がせて勃たせて見ちゃいました」になる。  意味が分からない。 『詩絵里のやつに相談すりゃいいじゃねえか』 「え?」 『あいつこういうの得意そうだしな。あっちの詩絵里の部屋にもそんな本溢れてたからよ』  ウィルの言葉の半分は理解できなかったが、彼が言うにはつまり、詩絵里に全部話して、うまい言い訳考えてもらえ……ということだろうか。 「で、でも……あ、あれを……舐めたとか……女の人に言うのは」  性別関係なくあの夜の失態は他人に打ち明けたいものではないが、相手が女性ならなおさら、こういう話はセクハラになりかねない。  一度相手の気分を害してしまったら、透にはそこから挽回できるほどのトーク力はないのである。 『問題ない。ていうか間違いなくその手の話はおまえより詩絵里のやつの方が詳しい』 「そ、そうなの……?」  ウィルが謎の自信を見せる。  長年の経験上、彼がこう言ってくる時はたいていその通りなので、信じてみるべきかもしれない。  その夜、三食分の食事を持って詩絵里への報告に向かった透は、ウィルのアドバイスどおり正直に、勝宏と会うのが気まずい理由を彼女に打ち明けた。 「ちょ、ちょ、ちょーっと待ってね透くん。マスクさせてマスク」 「あ、はい……すみません、急にこんな話……」  話を途中で遮られ、詩絵里がアイテムボックスからマスクを取り出すのを待つ。  夜間のマスク着用がなんのケアなのかは透には分からないが、きっと美容関係だろう。  夜更かしは美容に良くないと聞く。  女性にとって、睡眠は重要な意味を持つものだ。  ただでさえ、女性である詩絵里に、皆寝静まっている時間に起きていてもらっているのである。  もう一度説明しなおさなければならなくなる透の羞恥とは、比べるまでもない。 「オッケー、これで大丈夫。ワンモアプリーズ」  マスクをつけて顔の大半を覆った詩絵里が、やはり最初からの説明を要求してきた。 「え、ええと……ま、勝宏に、コンドームを買ってきてほしいと頼まれて」 「うん、私はまずそこに驚いてるけど君たちの関係の進展具合は一旦置いとくわ。それで?」 「勝宏の……あ、あれの、サイズを……聞いていなかったので、夜、訊こうと思ったら、もう寝てて」 「まあ、明かりの魔道具もったいないし、暗くなったら寝ちゃうからねこの世界」  照明の魔法が使える場合はその限りではないが、それでもわざわざMPを消費して疲れながら起きているのは事務作業のある商人か王城勤務の大臣くらいのものだろう。 「起こすのは悪いと思ったので、出直そうとしたんですけど、その……勝宏の、が、た……勃ってて」 「ほほーん……あ、続けてどうぞ」 「その時俺、頭おかしくなってて、今脱がせたらサイズ分かるなあって……それで、見てしまったら今度は、触りたい、舐めたい、ってどんどんエスカレートして」 「ン、ゴホッ、ゴホッ」  突然、詩絵里が咳き込みだした。  やっぱりこんな話、女性にするべきではなかったかもしれない。  それともただの風邪だろうか。  具合が悪いところに変な話を持ち込んでしまって申し訳ない。 「詩絵里さん、あの、大丈夫ですか……?」 「大丈夫、全然元気。むしろパワーを貰ってるわ今。それで?」 「勝宏が出したものを飲んだあたりで、我に返って、……今に至ります」 「そ、そうなの……ごっくんしましたか……」  えっちな方向に暴走する受け……うん……なるほど……。  と、詩絵里が分かりそうで分からない言葉をぶつぶつ続ける。  引かれただろうか。  引かれたよね、間違いなく。  詩絵里さん、気持ち悪い話をしてすみません。 「それで、私にそういう言いにくい話をしてきたってことは、何か相談ね?」 「は、はい、あの……コンドームのサイズ、俺勝宏には聞いてないのに、正確な大きさのものを選んでしまって」 「あー、そのまま渡したらバレちゃう、って話ね。さっきの説明をそのまんま勝宏くんに言ったら解決しそうな気がするんだけど。色々と」  それは無理です。首を振る。  第三者である詩絵里には告解できても、本人に言えるかどうかはまた別だ。  確実に終わる。 「まあ、それができれば私に話しには来ないわよね。……仕方ない、それなら私が調べたことにしましょう」 「詩絵里さんが……?」  透がやったものを詩絵里が被るということか。  それはいくらなんでもまずい。  透の時とはまた違う問題が浮上しかねない。 「私のスキルは」 「解析、鑑定のようなもの……」 「調べられそうじゃない?」 「あ」  そこまで言われて、やっと彼女の提案内容が理解できた。  コンドーム買ってきてと頼まれたがサイズが分からない。  訊きにくかったので詩絵里にスキルで調べてもらった。  ……そういうシナリオにしてしまおう、というわけである。 「ていうか、普通にコンドーム渡しちゃっていいんじゃないかしら。たぶん気にしないと思うわよ。もし勝宏くんが疑問に思ったら、そんな感じの言い訳の口裏合わせくらいはしてあげるわ」 「……すみません、いらないところでまで言い訳を考えてもらって」  思えば、詩絵里はこんな役回りばかりのような気がする。  転生者ゲームの仕様上、本当のことを話すのが身の危険に繋がることもある。  彼女の瞬間的な偽設定の考案力には何度も助けられてきた。  だが、今回に限っては完全に透の都合である。 「いいのよ。まあ、もう今日は遅いから明日にしましょ。そこが解決すれば、透くんは気兼ねなく戻ってこれるんでしょ?」 「は、はい」

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