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ヒロインはどこだ?(3)
「で、そのゲームでフランクは何役だったんだ? ゲームの登場人物に転生したって思ってるんだろ?」
当然の疑問だ。
勝宏の問いかけに、ルイーザが答える。
「そんな人いません。しいて言えばモブですね」
彼女の回答を受けて、詩絵里がアイテムボックスからノートパソコンを取り出してまとめ始めた。
「だいたい分かってきたわ。
……つまりフランク側の事情としては、転生者としての実力は隠しておきたい、みたいな理由があって……。
職業上、スタンピードが起こると否応なしに実力がバレるでしょうから、事前にスタンピードが起きないように工作して回りたい。
でも自分が直接悪の組織とやらを叩いたら、乙女ゲームのストーリーが変わって悪影響が出るかもしれない。
ならゲームの主人公たちに、スタンピードが起こる前に直接悪の組織を叩かせよう……って感じかしら」
言いながら、詩絵里はぱぱっとプレゼンテーション資料ソフトで図解を作り上げる。
さすが社会人。
事務スキルのスペックが高い。
「たぶんそうだと思います。
ゲームでは本来、その時点で最も好感度の高い攻略対象と一緒にスタンピードを解決して、直後ヒロインが悪い人たちにさらわれてしまうので、攻略対象が手掛かりを頼りに追いかけてきて、敵陣に乗り込む……みたいな流れなので」
なんだか非常に既視感のある流れである。
ルイーザの補足に苦笑していると、詩絵里が透の既視感をぴしゃりと言い当てた。
「てことは透くん、また攫われなきゃいけないのね……」
「駄目だ! それなら俺がやる!」
詩絵里の言葉に、勝宏が反射的に声を上げた。
ウルティナの一件で透が期せずしてヒロインピンチしてしまったことが、勝宏の反対する理由だろう。
「どうやって」
「うーん……あ、そうだ! 女装すればいい!」
「それでいいなら、ステータス高くてストーリーも熟知してるルイーザにやらせた方が効率的じゃない。問題は顔よ、顔……」
「うう……」
惨敗である。
メンバーの中で最も口達者な詩絵里に敵うはずがなかった。
でも心配してくれてありがとう。
「女の子になった透さん、乙女ゲームの初期アバターみたいな顔してますもんね……」
ルイーザの何気ない言葉にがっくり項垂れる。
モブ顔、とはまた違うのだろうが、褒め言葉ではないだろう。
顔は少し線がやわらかくなったかな、程度で、女体化してもあまり変わっていない。
もとの透の顔が初期アバター顔ということである。
「この街がフランクの言う通り乙女ゲームの舞台に似せてあるなら、透じゃなくて、別の女の子がヒロインなんじゃないか? 顔そっくりの子とかさ」
「それは大いにあり得ることだけど……そこまで運よくヒロインちゃんと遭遇できるとは思えないわ」
「まあ、透の代わりに非力な女の子を誘拐させるってのも駄目だけどさ……」
「勝宏さん、あのそれ、遠回しに私ならいいって言ってます?」
もとは詩絵里の発言だったろうに、思わぬところで勝宏に飛び火している。
口がきけない透には庇うに庇えないので、静観してクロを撫でるだけだ。頑張って。
それにしても、ゲームの中に別のゲーム、ってどんな状況だ。
この件は詩絵里たちには話せそうにない。
分かってもどのみち透の中にとどめておくしかないのだが、転生者として集めた日本人の記憶をこの世界にコピーできるのなら、その記憶の中から「乙女ゲームを再現したエリア」を作っている……ということだろうか。
この世界にも、おおもとになったゲームがあるのかもしれないが、今や素人がツールを用いてRPGを作れてしまう時代である。
もとのゲームを特定するのは難しいだろう。
死んだ、もしくは光になってポイント変換されてしまった転生者たちはどういう扱いだろうか。
ここで生きている人たちは全員データの塊だから……データの中にある生死の項目を書き換えたり、データを移行したりすれば生き返る?
いや、その方法で生き返るとしても、本当にそれはそのひと本人なのか。
クローンを作って同じ環境を再現させて同じだけの知識を学習したら、同じ人間になるのか? という問題に近い。
……それは、この世界で転生した人たちと、日本で死んでしまった人たちの関係性にも言えることか。
たとえば透が過去に飛べるとして、日本で事故死する直前の勝宏を助けて生き永らえさせたとする。
それがきっかけで彼と親しくなる未来もあるだろう。
だがそれは、異世界で一緒に旅をしたこの勝宏ではない。
記憶だけを移植した存在は、同一人物か?
難しい話だ。
と、そこでぐう、と腹の虫が聞こえた。勝宏からだ。
お昼時に考え事はお腹すくよね。
先ほど下準備をしてきた鶏肉がそろそろ使えるだろうから、昼食の用意でもしてこよう。
メモ帳に「ごはんつくってきます」と書いて、わいわい言い合う三人の前に置いた。
「助かる! 今ちょうど腹減ってたとこだった!」
「勝宏さんいま思いっきりお腹鳴ってましたよね。でも私もお腹すいてきちゃいました! お願いします」
「話はパソコンである程度決まったらまとめておくわ」
それぞれに見送られて、日本の自宅へ戻る。
いつもどおりの日常だ。
今までとなにも変わらない。
彼らに、自分たちこそがゲームの世界の住民なのだと伝えさえしなければ。
『……妙だな』
(え?)
自宅のキッチンで調理をしていると、肩のあたりにいたウィルが呟いた。
『塔を出たのに、あいつの細工のにおいが消えねえ』
そういえば、魔法都市マールヴィットに向かう前に詩絵里が話していた。
尖塔にはSスキルに影響を及ぼすような異常が見られたため、塔を離れることになったとかなんとか。
(詩絵里さんには話したんだよね? それ、どういうこと?)
『尖塔では、アリアル……あのゲームの世界を作った存在が、何か細工をしたあとみたいなのが感じられたんだ。
だから詩絵里のやつにそれとなく話して、出ていくように促したんだが』
(その細工の気配が、俺たちの旅先について回ってる、ってこと?
『ああ。どうも嫌な予感がする。……透の願いでも、今回は絶対傍離れねえからな』
別行動は禁止だ、ときっぱり言われてしまうと、透には頷くしかなかった。
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