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菓子とゴリ押しと必勝法(2)

 他の攻略対象は、出会いイベントをこなしておく必要はない。  だが、昨晩話していた病人の件は気になる、ということで、翌日はグレンと会えるらしい花屋に向かった。  花屋の前をうろうろしている若い男は、すぐに見つかった。  双剣を腰に下げて、赤い髪に緑の目をした彼がグレンだろう。  勝宏と同い年くらいに見えるが、外国人の見た目でそれならおそらくもっと少し若い――15、6くらいの歳かもしれない。  苛ついているのかもともとそういう顔つきなのか、目つきが悪い。  ちょっと怖いけれど、後ろには詩絵里、花屋の屋根上には勝宏が待機しているので行かざるをえない。  ……勝宏、なんで上にばっかりのぼるんだろう。  攻略目的ではないが、マリウスに目撃される可能性を考慮して透は念のため女体化状態だ。  代わりにルイーザが声をかける。 「あのー、何か欲しいお花があるんですか? 買ってきましょうか」 「は? んなわけねえだろ、なんだよおまえら」  ルイーザの申し出に、グレンが声を上げた。  透が日本にてカツアゲに遭いかける時、よく耳にするタイプの声である。 「はいはい、欲しいんですね。買ってきますねー」 「あっ! おい!」  乙女ゲームにて事前にグレンの台詞を知っているルイーザは、恐喝ボイスもものともせずに花屋へ向かっていく。  透は慌てて彼女の後を追って、店の中に入った。 「ゲーム通りならこのお花ですね」  彼女は迷うことなく薄桃色の花を買い、花束は透が持たされることになる。  ルイーザに言われるまま、花をグレンに手渡し――て、はねのけられた。 「要らねえっつってんだろ」  そういえば攻略情報には、一回拒否されるから無理やり渡せって書いてあったな。  思い切って、グレンの手を取る。  その手に花束を握らせると、花を見た彼は言葉をなくして口を開閉させはじめた。 「おまえら……なんで分かった」 「なんのことですか?」 「この花は、いま病に冒されている……シェリアさんの好きな花だ」  そりゃあゲーム知識を熟知しているルイーザがこちらにいますんで。  とは、声の出ない透には言えないことである。 「ご病気の方がいらっしゃるんですね。今からお見舞いですか?」 「……ああ」 「あの、私たちご一緒してもいいです?」 「は!? 何言って」  この展開は、攻略情報には書かれていなかった会話である。  マリウスの件に引き続き会話はルイーザに任せきりだが、きっと何か考えがあるのだろう。  ……と思っていたら、会話の途中でルイ―ザが取り出したのは、いつだったか透が日本の自宅からアリバイ工作のために持ち込んできた頭痛薬であった。 「実は私たち、いくつかお薬を持っていて。ひょっとしたらお役に立てる種類のものかもしれませんし」  確かにこっちの世界の人には日本語は読めないだろうが、それで病を治すのはちょっと無理があるのでは。  この場限りの演出かな。 「ふーん。……案内してやってもいいが、会ってもらえるかは保証しねえぞ」  ついてこい、と、大事そうに花を抱えたグレンが踵を返す。  ルイーザが笑顔で後方の詩絵里にピースサインを送り、軽い足取りでグレンに追従した。  もちろん、詩絵里も勝宏も全員で移動である。  二人はやはり後方待機だが、会話の内容は透の携帯でこっそり動画を撮ることになっている。  透の胸元に仕込まれた携帯でどれだけ撮れるのかわからないが、自分は指示されたとおりに動くだけだ。  シェリアと呼ばれた女性は、街の小さな診療所の二階で横になっている。 「ああ、グレン。いつもありがとう」 「……たまたま道でこの花を見つけたから、寄っただけだ」 「そうなの」  この世界の花の種類は知らないが、グレンが買ってきた花は道端に生えるタイプではないように思う。  それをシェリアもわかっているのか、彼の言い草を笑顔で受け入れている。 「そちらは、お友達? もう学校は始まったのかしら」 「いや、そこで会った。薬を持っているから売り込みたいんだとよ」 「あら……ごめんなさいね。旅の商人さまから神の薬を分けていただいたのだけど、そのせいで今持ち合わせがないの」  旅の商人から買った神の薬。  シェリアが言ってベッドサイドテーブルを指した。  そこにあるのは、明らかに日本の錠剤だった。  フィルムやガラス瓶などには入っておらず、すべて裸のまま皮袋に入れられている。  医療関係者が見たら悲鳴を上げそうな光景である。 「……説明書も商品名も分からないんじゃ、何の薬なのかわかんないですね」  小声で、ルイーザがぼそぼそ呟く。  シェリアやグレンに聞かせるつもりはなく、透だけに向けての言葉だろう。  いや、調べる方法はある。  だが声の出ない透に、それを伝えるすべはない。  少し迷って、メモ帳を取り出した。  グレンたちから怪しまれることになりかねないが、この場で言わなければならないことだ。  ――錠剤をひとつぶだけ貰えれば、詩絵里のスキルで調べられる。  書いたページをルイーザに見せる。  彼女は心得たとばかりに頷いて、二人に切りだした。 「あの、その薬、1粒だけ売ってもらえませんか? その代わりに、私たちの薬もお譲りします」  詩絵里のスキルについて、透は詳細を知らない。  メモ帳ではスキルで調べられると断言してしまったが、もし調べられなくとも、日本に戻ればインターネットで検索できるかもしれないのだ。  ここからは、ルイーザの交渉力にかかっている。 「おまえら、最初から神の薬が目当てだったんじゃねえだろうな?」 「半分正解、半分外れって感じです。 透さんのお父さんはお薬を作るお仕事をされてるんですよ。 神の薬は万能薬ですが、そのぶんとーっても高価じゃないですか。 なので私たち、病気ひとつひとつに対してしか効かないけど安価……という、神の薬の廉価版を研究してるんです」  ルイーザに食って掛かろうとしていたグレンが、目を見開く。  半分もなにも最初から最後まですべて作り話だが、ルイーザもなかなかでまかせが上手い。 「神の薬はとっても高価です。1粒いただければ、私たちの持つ薬は数十回分差し上げます。 ひょっとしたら病の助けになるかもしれませんし、悪い話じゃないですよお」 「わかりました。その研究が成功するなら、もっとたくさんの一般市民が病から救われることになるわ。 私の病気にはもう間に合わないかもしれないけれど、お願いしてみるだけの価値はあるわね」  グレンが口を開く前に、シェリアの方が頷いた。

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