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聖女さまのおつかい(1)
翌朝、目を覚ますと勝宏が隣に寝ていた。
体を起こしてみれば、布団もなにも敷いていない木のベッドに野宿用の毛布や柔らかい荷物などが重ねられ、透だけがその上に寝かされていたようである。
勝宏は透の隣で、むき出しの固い木板に寝息を立てている。
少し窮屈そうだ。
昨晩の勝宏との話の最中に、自分が眠ってしまったのだろう。
転移を使って布団を調達してくるつもりが、その前に眠ってしまった透の扱いに困った勝宏がベッドに寝かせた、というところか。
窮屈な思いをしながら隣に居てくれたのは、ろくな寝具のない状態で体を冷やさないように、かな。
彼が眠っている間に、朝食の準備でもしておこう。
自分にだけ使われていた毛布を勝宏にかけなおして、ベッドを降りる。
『透、さすがにあれはあいつも不憫じゃねえか?』
「うん……俺だけ布団使っちゃって申し訳なかったな」
『いやそっちじゃねえ』
日本の自宅、キッチンにて。
フライパンに卵を割り入れてさっと目玉焼きを作っていると、ウィルが半笑いで話しかけてきた。
「そっちじゃないって、なに」
『昨日おまえ、話の途中で寝落ちしただろ。あんだけ口説かれといて寝るか普通』
勝宏との会話の途中で寝てしまったことの方か。
それも確かに失礼だった。後で謝っておこう。
目玉焼きを真っ白い皿に移して、次はハムとウインナー。
フライパンの上で転がしながら、ふとウィルの台詞が引っかかった。
……今、なんて?
「く」
『あ?』
「口説かれ、てた?」
ウインナーが裂けて、中から肉汁が溢れてきてしまう。
が、それどころではない。
『あれが口説いてるんじゃねえんなら何だと思ってたんだよ』
「え、いや、だって」
だって勝宏には好きな人がいるはずで。
でも、ウィルの話はこれまで一度も間違っていたためしがない。
確かに透の気持ちだけで言えば、彼のことは好きだ。
世界に彼と自分の二人だけしか存在しないなら、なんの憂慮もなく彼の手を取るだろう。けれど。
こういうのはその、相手のあることだし。
勝宏にはもっとふさわしい女の子がいるはずで。
彼に見初められて、さらにそれを袖にできてしまうような誰かが、勝宏を待っているはずで。
「お、俺、勝宏と……そういうのは……」
『嫌ならさっさと断ってやれ。なんかもうあれは見てらんねえわ』
ウィルの言う通り、何かの気の迷いで透に関係を持ち掛けたなら、彼と結ばれるべき女性のためにも透が断らなければならない。
いや、いやでもそれ間違ってたらすごい恥ずかしい。
ウィルの勘違いだったら。
だって勝宏は、男とそういう関係になるなんて今まで一度だって考えたことないだろう。
ああいや、そうだった。
自分には一時的とはいえ、女の体になるすべがあるのだ。
あっちの姿での見た目が、ひょっとして勝宏の想い人に似ているとか。
光栄な話だが、そうだとしたらこの場合どう対応するのが適切なんだ。
とりあえず、失敗してしまったウインナーをえり分ける。
皮が裂けた方は自分の皿に入れておこう。
スープやサラダも用意して、転移で小屋のテーブルまで運ぶ。
昨晩勝宏が座っていた席に彼の分を配膳し、いまだ寝息を立てている勝宏を揺り起こしにかかった。
「んー……」
「おはよう、勝宏。ごはんできてるよ」
しょぼしょぼと薄目を開けた勝宏が、透の姿をとらえて手を伸ばす。
起こしてほしいのかな、と何気なく手を取ると、そのまま抱き込まれてしまった。
幸い下に敷かれていた荷物たちの上に倒れ込んで体を痛めることはなかったが。
「ま、勝宏、寝ぼけてる?」
「んん……? お……うわっ!」
透を抱きしめていた腕が、勝宏の覚醒とともにがばっと離された。
両手を頭の上に上げる様子はまるで、満員電車で痴漢を疑われたサラリーマンである。
「ごはんできてるよ。一緒に食べよう」
できるだけ普通を装って。
乗り上げかけてしまったベッドから身を起こし、勝宏と一緒にテーブルにつく。
「あ……と、透」
「うん、おはよう」
「……おはよう」
今のは自分が勝手に意識してしまっただけで、別に変な雰囲気にはなっていない。
やっぱりウィルの勘違いだったんじゃないだろうか。
勝宏の向かいの席でもそもそ朝食をとりながら、彼の様子を上目に見やる。
「あの、俺今日ちょっとギベオンが出てるか見てくるから……」
「あ、お、おう。えっと、じゃあ俺は食器回収口でも作るかな!」
勝宏をここに待機させていると、どんどん小屋が飲食店になっていく。
今でこそ部屋の隅にベッドが置かれているが、ダンジョンに転移するためのマジックアイテムが完成するころには小屋はどうなっているんだろう。
そこまで考えて、ふいにこの小屋を作る意味が分からなくなった。
「……食堂、やっていいのかな」
「ん?」
「旅の終わりに、この世界を壊すかもしれないのに」
せっかく作ってもらっているのだから、それが無駄になるのは悲しい。
だが、無駄になるのなら、これ以上頑張ってくれなくてもいいと思う。
食事の手を止めて、勝宏が首を傾げた。
「いいんじゃないか? 今すぐ決着がつくってわけでもないし。
ひょっとしたら、全部うまくいく方法が見つかるかもしれないだろ。
その時のためにこういうの用意しといたらさ、絶対チャンスは手繰り寄せなきゃって気持ちになるじゃん」
「……そうだね」
作業を続けるのは、彼なりの覚悟のしるしなのだろう。
願掛けよりももっと強い、うまくいく道を絶対に見つけてみせる、という意思表示。
「すごいな、勝宏は。俺、この世界がゲームだって知ってから、何日も落ち込んでたのに……勝宏は、次の日にはしっかり前を見てる」
「透だっていま、落ち込んだあとはちゃんと立ち直れてるだろ。たいして変わんないって」
言って、勝宏がにかっと笑った。
――あれが口説いてるんじゃねえんなら何だと思ってたんだよ。
先ほどのウィルとの会話が、頭から離れない。
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