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枝分・2

僕はまだ発情期を迎えてはいなかったけれど、発情期がどういうもので、番がどういうものなのかは既に教えられていた。 ちらりと涼ちゃんの様子を伺うと、涼しい顔をしてティーセットを用意している。この数年で随分様になって大人の男にグッと近付いた涼ちゃんへの気持ちは、冷めるどころか増大していた。子どもの恋と憧れと友情を混同した幼気(いたいけ)な想いと誤魔化すには、あまりに膨れ上がり過ぎていた。 「田井中様には『亮ちゃん』なんて呼んだらいけませんよ。」 「な、言わないよ!ちゃんと、旦那様って呼ぶよ!」 「それは頼もしい。いつまでたっても俺のことは『涼ちゃん』だから心配で。」 「だって、…だって涼ちゃんは涼ちゃんだもん。」 僕は声を小さくして俯いた。 涼ちゃんと呼ぶのは、癖でもあったが砦でもあった。 主人と使用人に違いないが、兄弟のように育った友であることを証明する最後の砦。涼ちゃんのことを好きになった幼い頃の思い出を、ないものにしないための砦だった。けれどその砦が、砦どころか藁であることも、重々理解していた。 痛む胸に黙り込んでしまった僕に、涼ちゃんがくしゃりと破顔した。 「…まあ、俺も…大樹様が昔と変わらずに接してくれるのが本当は嬉しいんですけど。」 涼ちゃんはこの時、高校2年生だった。 進路は海外を考えていると聞いた。僕はそれを信じたくなくて、()だ本人に確認できていない。 別離のときがくると、信じたくなくて。     

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