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紫煙
セックスフレンドの真殿が初めて俺にねだったのは、金でも物でも特殊なプレイでもなく、「セックスの前には必ず指定した銘柄のタバコを吸うこと」だった。
銀色に染まった真殿の髪を梳きながら、俺はその要求をすぐにOKしてやった。予想外のおねだりだが、特に断る理由もない。
渡されたタバコのパッケージは見たこともないデザインだった。どうやら海外のものらしい。試しに火をつけ一口吸ってみると、一瞬でねっとりとした甘苦い味が口の中に広がった。だいぶ年季の入った喫煙者の俺だが、こんなタバコは初めてだ。
「……なんか、妙な匂いだな」
「嫌い?」
「いや、別に」
「よかった。じゃあ、それ一本吸いきったらエッチしよ」
タバコを吸う。ただそれだけのことだったが、なぜ真殿がそれを求めたかなんとなくわかる気がした。
煙を吐き出すごとに甘い匂いは俺にまとわりつき、部屋中に充満して二人を包み込む。
きっと、それが真殿の狙いなのだ。
この香りに包まれながらセックスする。それが真殿の望み。奴の顔を見ればすぐにその答えは導き出された。うっとりとした表情に、いつもより荒い吐息。焦れる身体を少しくねらせながら、俺がタバコを吸い終わるのを待っている。
――なるほど。昔のオトコが吸ってたタバコか。
可愛らしいことをするものだ。胸いっぱいに吸い込んだ紫煙を吐き出しながら、俺は真殿の頰を撫でた。
「……高木さんが愛煙家でよかった」
「なんだお前? 随分興奮してるじゃないか。筋金入りの『匂いフェチ』だな」
いたずらに股間を撫でてやったら、嫌がるどころか硬くなっているそれをぐっと押し付けてきた。真殿のこういういやらしいところ、嫌いじゃない。
「そんなに好きなのか、この匂い」
「……うん。世界で一番好き、かな」
真殿はシャツを脱ぎながら、小さく笑って見せた。
その笑顔に触発されて、俺は吸いかけのタバコを灰皿に置くと真殿の柔らかな唇にむしゃぶりついた。
甘くて苦いキス。真殿は突然のキスに驚いていたが、舌が絡み合う頃になると積極的に激しく深い口づけを求めてきた。
「んん……た、かぎ、さん……」
言っておくが、俺たちの間に恋愛感情なんて面倒臭いものはない。バーで知り合ってなんとなく意気投合し、そのままホテルへと雪崩れ込んだのが始まりだった。
それから何度か身体を重ねているが、俺と真殿のどちらかに本当の恋人ができた時がサヨナラの時だと決めてある。そして何より、お互いを「好きにならないこと」がこの関係を続けていくための必須条件だ。
だから、過去のオトコの代わりにされようが別に構わない。まあ、過去なんか引き摺ってると新しい幸せを逃すぞ、と思わないでもないが――それは真殿が決めることだ。俺が口を出す権利も義理もない。
「んッ、あ、ああ……ンっ」
薄桃色の乳首を愛撫してやると、真殿はいつもより敏感に身体を震わせた。そしてとろけるような嬌声をあげ、その目で「もっと」と訴えてくる。
「……いい目だ。最高だよ」
タバコの煙が部屋を満たしていく。
甘くて苦いが、真殿にとってこれは愛おしい想い出の香りなのだろう。
たまらなくなった真殿は震える声で、「お願い……めちゃくちゃにして」と俺の首にすがりついた。
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